牧山丁

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一年前

 世界の仕組みが壊された。
 誰かか、僕の手によって。

 手元のカレンダー。今日にバツを記す。僕の記憶に間違いがなければ、ちょうど、一年が経った。

 思い返せば。いや、思い返さなくても、これまでの人生で一番、濃度の高い一年間だった。

 水曜日。天気は晴れ。社会人である僕には、仕事がある。でも、今日は特別な日だから、無断欠勤をする。携帯には、暇な上司からの着信や、メッセージが画面を通知で埋めるほどに届いている。

 はじめて無断欠勤をしたときは、さすがに気が引けた。今は慣れたものだ。一切の応答もせず、特別な今日に行うべきことを考える。

 実のある一年は、テキストを眺める学生生活よりも、小言を言われ続ける社会生活よりも、有意義だった。僕がしたいことをし続けた、したくないこともやってみた、実体験ならば、どんな作家よりもリアリティを強く反映させることができる自信がある。

 日本中を飛び回った。美味しいものを毎日たべて。毎日、全財産を使い尽くす。泥棒をして、殺人をして、自分が考える完全犯罪を実行してみたり、それがムダ打ちに終わって警察に捕まったり。そんな豪遊と犯罪の毎日だった。

 最高だ。どんなことも、好きなように。誰にも、なにも気にすることなくできた一年。飽きることのない、スリルばかりに満たされた毎日。ただ、どうしても、生きている実感というものだけが満たされない。

 一年前。僕の記憶に間違いがなければ、ちょうど今日。水曜日。天気は晴れ。同じ日は続いている。

 まさか、こんなに続くとは思ってもみなかったけれど。世界の仕組みが壊されてしまったのなら、仕方がないのかもしれない。誰かか、僕の手によって。

 明日はどうなるだろう。
 一年とプラス一日で、世界は動き出すのか。

 今日は特別な日だから、贅沢に使おうと決めた。このまま、深い眠りに落ちて。書いても、書いても消されてしまうバツ印が、明日、僕の抜け殻とともに残っているのかを誰かに確かめてもらうために。それとも、また真っ新なカレンダーを自分で確かめるために。

 死というものは一生に一度か。

 最高だ。どんなことも、好きなように。
 ようやく実感が満たされて。
 今なら死んだっていい。
 終わらない一年前からの僕のままで。

6/16/2023, 1:49:01 PM