「まって、いかないで」
手を伸ばして、去ろうとするその足をとめる。
一瞬立ち止まってくれた足は、少し時間を置いてから前を向いて歩き始めてしまう。
「なんで」
そう小さく呟いても、何も聞こえなかったかのように君は、足を止めてくれなかった。
青色が好きで、トレードカラーはもちろん青。
青ぺんぎんのキーホルダーを鞄につけてる君は、作るのが苦手な笑顔をいつもこっちに向けてた。
定期的に服から垣間見えるようになる包帯と、ガーゼ。
理由を聞いても、怪我しやすいんだよね、ドジだから。なんて言って笑ってたけど、それも嘘だったんだよね。きっと、そうだよね。
「ごめんね」
自分が何も気づけなかったから。おかしいよ、君は何も悪いことしてないのに。
「ごめんね」
なんで君が謝るの?君は何も悪いことしてないのに。自分が不甲斐ないだけなのに。
君といる時間はとっても楽しい。
ひとりでいるときよりも、家にいるときよりも。
君のゼンブが、俺の宝物だよ。
一緒にショッピングに出掛けて、そこでみつけた青色のペンギンと、白色のパンダのキーホルダー。せっかくだからって、お互い相手のキーホルダーを買って、プレゼント交換なんてした。その時の君の弾けるような笑顔は、見惚れてしまうくらいに凄かったんだからね。
そこからは、青色のペンギンのキーホルダーを鞄につけて、毎日過ごした。息が詰まりそうになるくらい辛かった場所も、このキーホルダーのお陰でなんでもできる気がして、心強かった。キーホルダーが絶対に傷つかないように、取れないように、大事に扱った。人とプレゼント交換をするなんて初めてで、嬉しかった。
ある日、運悪く顔面を殴られて、湿布をつけて君に会いに行ったときは、大きな目をまんまるに開いて、驚いていた。大丈夫なの、と泣きそうになって焦って聞いてくるもんだから、思わず笑っちゃったよ。でも、そんな君が好き。心の芯から優しい人なんだなってわかるからね。
俺は、君のせいだなんて一ミリも思ってない。
そんなはずないでしょ。
君のお陰で俺は、あの地獄から抜け出せたんだよ?
だから、お願い。ずーっと、君のままでいてね。
「ごめんね」
そういうと、君は振り返って、僕を見つめた。
いつもの、苦しそうな笑顔なんかじゃなくて、心から笑ってる笑顔。あぁ、これだ。俺は、君のそんな顔が見たかったんだよ。もう、苦しくないんだね。よかった。
ゆらゆらと軽やかに揺れる、笑顔の青ぺんぎんと、君の笑顔を見比べる。
「…嘘嘘。僕がそんなの言うわけないでしょ?」
「言うけどさー、やっぱ、笑顔つくんの下手だね」
君って、やっぱり青い。
5/3/2025, 12:58:55 PM