最後の声
ここは波打ち際。
貴方は適当につっかけてきた靴を脱いで、
お気に入りの服で波間へ身を挟む。
どうやら引き返す気なんてさらさらないようで、
還る気の貴方はもう腰まで浸かってしまった。
長い髪が波に遊ばれ揺れている。
大きな波に何度も押し返される。
それでも、貴方は歩みを止めない。
貴方はご機嫌なようで、どんどん沈んでいく。
その度に体は濡れて重くなって、波に打ちのめされてるはずだけど。
やっぱりあなたはご機嫌みたいで、
くるくる回って、歌なんて歌っている。
これから死ぬ貴方。
海に恋した愚かな貴方。
そのうえ貴方は海に愛されてしまった。
きっと二度と帰ってはこないでしょう。
あの人の、母の愛した男がこんなに愚かであったなんて。
寧ろ、愚かであったから愛したのかも。
自分のことも無頓着のように見えて、
身だしなみはきちんと整えられていて。
人に興味がないくせに優しくするから。
狂った母は貴方に傾倒して先に沈んでしまった。
ここは母の沈んだ海だった。
なぜここを選んだか聞いてみたけれど答えは返ってこない。
今も、答えてくれない。
最後、私が引き換えして貴方は進む約束の深さまで来た時。
貴方はくるりとこちらを振り向いて一言。
「罪滅ぼし」
それだけ言ってこぽっと沈んでしまった。
6/27/2025, 5:12:36 AM