「今年のチョコなにつくろうかな〜、でも試験前だから作れないんですよね」
中学2年生の生徒の頭は来週の火曜日のことでいっぱいみたいだ。さっきから数学の問題を解く手が止まっている。
「ホワイトデーに渡すのはどうかな?私は友達にホワイトデーに渡してたよ笑」
そう言うとぱっと顔を明るくして、「先生天才!」と褒めてくれた。
いいから数学の問題を解くんだ!と言いたいがまだ彼女の悩みは尽きないらしい。
「でもね好きな人にはチョコあげたいんですよ、どうしよう…」
どうやら恋している子がいるらしい。4月初めて会った時には「恋なんてしませんよ〜!クラスの男子なんて恋愛対象外なんで!」と言っていたのに、大きくなって…とすこし感慨深くなってしまった。
「買ったチョコ渡して、「ごめんテスト前で作る時間なくて、いまはこれしか渡せないけど3月に気持ち受けとって欲しい、予約していい?」とかいうのは?」
「おおお…すごい。先生ってほんといいこと言うよね、心に刺さった」
「ほんと?笑それは嬉しいな笑」
さあ、これで問題を解いてくれるだろうと視線で促すと、解き始めてくれた。
「先生今年好きな人にあげないの?」
「あげないかな」
丸つけをしながら答える。1番聞いて欲しくない質問、
彼女に何ら罪は無い。
「どうして?好きな人居ないの?」
「…秘密、女は秘密が多い方が魅力的らしいからね笑」
いつも好きな人がいても渡すことの出来ないバレンタインを迎えてきた。
20年生きてて本命チョコというのを渡せたのはたったの1回、しかも手渡しではなくリモートだった。
だから手渡しで渡したことがない。
渡したい人が居ないわけではない。
渡すことは許されるだろうか、ということばかり考えていた。けれど許されなかった。
だからどうしても2月14日が来て欲しくなかった。
何も考えたくなかった、残酷な事だ。ぐじゅぐじゅと傷跡が化膿してまた大きくなっていく感覚があった。
一睡も出来ないまま14日の朝を迎えて、何もすることがないからドーナツを作った。できて写真を撮ってから気づいた、お母さんから唯一教えてもらったこのお菓子は何かに似ている。「ドーナツだよ」と幼少期から言われてきたが、レシピを調べて納得した。
牛乳嫌いの私のために牛乳を入れないで作るこれは、
ドーナツではない。海が綺麗で温暖な地域でよく作られるお菓子だ。所謂郷土料理のようなものだろう。
家に帰ってきた母に聞くと、このレシピは昔旅行に行った際、民泊していた家主に教えて貰ったらしい。
渡す人が居ないのに一人で食べるには作りすぎてしまったお菓子を母と二人で食べながら、楽しそうにその時の思い出話を語る母の話を聴いた。
バレンタインなんてもう来ないでいい、けれど
もしなにかの理が捻れて渡せる機会があるとするならば
私はチョコではなくこのお菓子を作って渡したい
そんなことを考えていた。
2/14/2023, 4:47:53 PM