舞輝薇

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『ねぇ、シュンくん。私と神社を探検しない?』

『もう少し頑張って…!ひゃぁぁ!!』

『ごめん、やっぱり帰ろうか…』

『あっはっは!!シュンくんすごい!すごいよ!』

『私、今日シュンくんと一緒に過ごしたこと、一生忘れないと思うなぁ』
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「ねぇ、2人の馴れ初め教えてよ」

「あはは、遂に聞かれる日が来たか…」

「いいじゃん、教えてよ〜」

「そうだね…僕と彼女は家が近かったんだ。目の前に小さな公園があって、1人でブランコに乗って遊んでいた時に彼女が声を掛けてくれた。これが初めての出会い。でもこの時はまだ、近所の女の子としか思っていなかったよ」

「ふ〜ん。それで?私は“いつ恋に落ちたのか”を知りたいんだけど?」

「そ、そう急かさないで…彼女に恋心を抱いたのは…僕が中学2年生の時だよ。それまで何とも思っていなかったのに、たった1日の出来事で好きになってたんだ」

「そうそう、そこ詳しく教えて!」

「夏休みが終わりに近づいた8月下旬、僕らは神社に探検をしに行ったんだ」
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「え…探検?」

『そう!ほら…私事故でこんな身体になっちゃったから、友達と遊びに行くことが出来なくなっちゃって。だから今、すごく暇なんだ』

「そう…なんだ。僕は別に良いけど…サヤカちゃんは平気なの?」

近所に住む4つ歳上の彼女は、1年前に事故で両足が麻痺してしまったらしい。
それからはずっと車椅子での生活を余儀なくされたとか。

小さい頃はよく遊んでもらっていたけれど、彼女が中学生に上がった頃から会う機会がグッと減り、いつの間にか一緒に遊ぶことは無くなっていた。

『でもひとつ問題があってさ…長い階段は車椅子じゃ行けないから、急な坂道で大変だとは思うけど車椅子押してくれる?』

「いや大丈夫だよ。…僕がサヤカちゃんをおぶって階段登るから」

『え』

「僕、もう14歳だよ?女の子1人くらい余裕だから任せて」

『え、でも……ふふ、わかった。じゃあお願いするね、シュンくん』

探検当日。
近所にある神社の敷地内に車椅子を置き、僕は彼女をおぶって歩き始めた。

「…っぁ、はぁ、はぁ…」

『シュンくん、大丈夫…?ちょっと休憩する…?』

「っだ、だいじょう…ぶ…」

『水!水飲もうシュンくん!一旦止まって!』

「へいきだよ…全然よゆう」

『シュンくん…あとちょっとだよ、もう少し頑張って…!ひゃぁぁ!」

彼女の悲鳴はまるで走馬灯のようだった。
思っていた以上に長い階段で、彼女をおぶったまま足を踏み外し前に倒れてしまったらしい。

「ごめんサヤカちゃん…怪我、してない?」

『私は大丈夫だよ、それよりシュンくんの方が…!」

「僕は全然大丈夫。こんなの大した怪我じゃないよ。ちょっと膝擦りむいただけだし」

『ごめんね。私が誘っちゃったから…。ごめん、やっぱり帰ろうか…』

「ここまで来たら帰るのはもったいないよ。絶対登りきる。僕がサヤカちゃんをテッペンまで連れて行くから」

女の子1人まともに抱えきれない自分が恥ずかしくて、意地になって口を突いて出た言葉。
もう一度彼女を背負って歩き出す。
一歩、一歩。また一歩。

そして最後の一段を登り切った瞬間。

『あっはっは!シュンくんすごい!すごいよ!』

背中から彼女の喜ぶ声が聞こえてくる。
その明るい声だけで、僕の疲れは吹き飛んでしまった。

ベンチに彼女を下ろした後、隣に僕も腰掛けた。
こんな真夏に階段を登ったものだから身体中から汗が止まらない。
無論彼女も同じようで、隣を見ると額の汗を拭っていた。

ふいに僕の顔を見る。
さっきまで背中にぴったりとくっついていたのに、今の距離の方がよっぽど近く感じる。
少し微笑んだ彼女は、ゆっくりと口を開いた。

『私、今日シュンくんと一緒に過ごしたこと、一生忘れないと思うなぁ』
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「そのひと言で恋に落ちた…とか?」

「…そうだよ。僕も何故だかわからないんだ。でもこの瞬間、彼女とずっと一緒にいる未来を想像した」

「んで、私が生まれた…って訳ね。へぇ。パパ普段は全然顔に出さないけどママのことちょー好きじゃん」

「そりゃそうさ。好きな気持ちが無ければ何もできなかったよ。…結婚も相当な試練が立ちはだかっていたからね」

「え、なになに!その話も聞きたい!」

「この話はまた今度な。ほら、早くサヤカを迎えに行こう。もう待ちくたびれてるぞ?」

「そうだね。私もママにパパから馴れ初め聞いちゃったって報告しなきゃ!」

「はいはい。準備は出来たか?」

「もう出来てるよー。私はお供え用の花持って行くからパパはそこの雑巾とお線香持ってきて。袋にまとめてあるから」

「ありがとう。それじゃあ行こうか」


サヤカ、僕たちの娘はもう16歳になるよ。
当時の僕よりもお姉さんだ。
嬉しそうに話を聞く顔は、君によく似ている。
4年分離れていた僕らの歳はいつの間にか重なって、そして君を遥かに超えてしまった。
いつか君に会いに行く頃、僕はかなり年老いているだろう。
それでも君は、僕の隣にいてくれるだろうか。

今でもあの夏の日を思い出す。
僕らが過ごしてきた時間は、どの瞬間も忘れられない素敵な日々だった。

それでも君が恋しくなるたびに、僕はあの日の夢を見る。
夢の中で君は僕の背中を優しく押しながらこう言うんだ。

『大好きだよ、シュンくん』

君の姿を見ようとするたびにいつも目がさめてしまう僕は、まだ一度も君の言葉に応えられていないんだ。
だからまた君が恋しくなって夢に出てきてくれた時は、その時はきっと君よりも先に僕がこう言うよ。

「僕の方が大好きだ」

ってね。

3/20/2024, 3:32:22 PM