【裏返し】
目の前には三つの楽譜。文化祭での公演のトリを飾る曲を選ばなければなならないというのに、全く決め手がない。うーんと唸っていれば、ふと誰かの手が楽譜のうちの一つを取り上げた。
「まだ迷ってるの? 下校時刻のチャイム鳴ったよ」
「え、嘘。もうそんな時間?」
慌てて時計を見れば、確かに最終下校時刻を超えていた。下校を促すチャイムに気がつかないくらい集中してしまっていたらしい。バタバタと荷物を纏めていれば、君が手にしていた楽譜を「私だったらこの曲にするかも」などと言いながら渡してくれた。
「やっぱり、君が部長のほうが良かったんじゃないかな」
相変わらずの決断力に、思わずため息が漏れる。公演全体のバランスだとか、部員たちの好みだとか、優柔不断な僕はいろいろと考えてしまって、これだけ時間をかけても何ひとつ決められないのに。
「いや、無理無理。確かに大人しい子が多ければ私がやっても良かったけどさ。こんな個性のぶつかり合いみたいな代、私だったらすぐ反発買っちゃうよ」
快活に笑いながら、君は僕の肩を軽く叩く。まるで僕の心そのものを直接ノックするような、そんな温度だった。
「優柔不断っていうのは、それだけ君が優しくて、みんなのことを考えてる裏返しなんだよ。だから部長は君が良いの。どうにもならなきゃ私に言って、無理矢理押し通してあげるから」
力強い君の声が、いつだって僕を奮い立たせてくれる。自然と頷きを返していた。
「うん、頼りにしてるよ。副部長」
さっきまでグシャグシャだった頭の中が、少しだけスッキリしたような気がする。晴れやかな気持ちで笑いかければ、君は「任せて」と高らかに胸を張った。
8/22/2023, 9:58:28 PM