霜月 朔(創作)

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手放す勇気



私はずっと、
後悔に雁字搦めになっていた。

彼奴の気持ちも考えず、
酷い言葉を投げ付け、
私から彼奴との、
絆を断ち切った。

なのに、私は、
戻る事の出来ない、
過去ばかり振り返り、
未来に向けて、
歩き出す事が出来ずにいた。

人の悪意に傷付けられ、
身も心もボロボロだった君に、
手を差し伸べたのも、
他人を信じられずに、
独りきりで生きる君が、
何処か私に似ていたから。
だったのかも知れない。

そんな、自分勝手な私を、
君は信じ、慕ってくれた。
純粋で美しい瞳で、
私に微笑んでくれた。

君が居たから、
私は生きようと思えた。
君が居たから、
ここまで、頑張れた。

だが。
私の心の奥底には、
あの日、道を違えた、
彼奴の面影が、
ずっと焼き付いたままだ。

眠れぬ夜に、独り。
声にならない声で、
彼奴の名を呼ぶ。
そんなことは、
私には赦される筈がないのに。
私には、彼奴と過去を、
手放す勇気が無かったんだ。

月のない夜だった。
君は銀色の刃を手に、
彼奴への未練に苦しむ、
私の前に立った。
そして、綺麗に微笑んだ。

私の胸に、
君の手にした刃が、
吸い込まれた。

「もう、苦しまなくていいのです。
これで、後悔から解き放たれ、
貴方は、永遠に、
私のものになるのですから。」

そう語る、君の口調は、
余りにも穏やかで、
君の笑顔は、
余りに無邪気で。
私は、この時初めて、
君の想いを悟った。

暗転する視界。
消えていく痛覚。
弱くなる拍動。
だが、不思議と安らかだった。

過去を手放す勇気のない、
私の代わりに、
私の未練を断ち切ってくれて、
ありがとう。

これで…。
漸く、君と一緒に、
未来に歩き出せるね。

5/16/2025, 8:41:28 PM