「来ちゃった♡」
突如として、その男は襲来した。真顔で「お帰りください」と即答すれば「こっくりさんじゃないんだから」とよくわからないツッコミが返ってくる。
「なんですか」
「どうしても君に会いたくて」
「…………」
「調子はどうだい後輩くん」
「見てわかりませんか」
片手で前髪をよけて、額に貼った冷えピタを見せつける。
「ご覧の通り、今あんたにかまってる余裕ないので帰ってください」
「えーケイくん冷たぁい」
病人相手に気色の悪い小芝居を続ける男を前に、ただでさえひどかった悪寒と頭痛が、いっそう悪化した気がする。俺は舌打ちして「まじでだるいから帰れ」と言い放った。
我ながら先輩に対する態度ではないと思うが、こいつに至っては例外である。俺より年上のくせをして、常識も品位も、ついでに万年金もない男相手に、いったい何をへりくだることがあろうか。
「なんだよ、心配して来てやったのに」
「あんたのせいで悪化してます」
「そりゃ大変だ。看病してやるから家上げて」
「だから……」
か、え、れ、と言おうとしたところで、くらりと頭が揺れた。あ、やべ、と思った瞬間、がしりと肩を掴まれる。崩れそうになった足をなんとか踏みしめた。
「あぶね。大丈夫?」
今さら心配そうに顔をのぞき込んでくる。だから大丈夫じゃねぇつってんだろさっきから、と怒鳴りたくなるが、そんな気力も残っていない。
先パイは俺の肩に腕を回して「部屋まで歩ける?」と聞いてくる。上がっていいなんて言ってねえぞと言いたいところだが、もはや支えなしでは歩けない。本格的に熱が上がってきたようだ。
結局、先パイの肩を借りながら、部屋まで戻ってきた。ベッドにぐったりと倒れ込む。
「スポドリ飲めそう?」
小さくうなずくと、先パイはペットボトルのキャップを開けて、俺に差し出した。身を起こして、それを受け取る。冷たく甘い液体が、喉を滑りおちていく。内にこもるような、いやな感じの体の火照りが、いくらかマシになったような気がした。
続けざまに「おかゆ食べれる?」と聞かれたので、ふたたびうなずいた。
「たまごと梅、どっちがいい」
「たまご」
「わかった。寝て待ってろ」
先パイはビニール袋をガサガサいわせながら、台所に向かった。覚束ない意識のなかで、シンクに水が流れる音や、たまごを割ってとく音を聞いていたら、どうしてか子どものころの記憶が脳裏をよぎった。
両親は、普段からあまり家にいなかった。だから風邪をひいても、あれこれと世話を焼いてくれる人なんていなかった。ただ、ひとりきりで部屋の片隅にうずくまり、浅い咳をするばかりだった。ひどくさみしかったことを覚えている。
なぜ今になって、そんなことを思い出すのだろう。いつになくおせっかいな先パイのせいで、調子が狂っているに違いない。
ほのかに漂う出汁の匂いを感じながら、ゆっくりと目をまたたいた。ふいに胸の内に浮かんだ、あのときの心細さが、ゆるやかに遠のいていく心地がした。
【テーマ(?):君に会いたくて】
1/19/2026, 12:59:23 PM