あにの川流れ

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 きっかりその時間に間に合うように、きみは慣れた手つきで準備を始める。ぼくがきみの様子を見に来たときには、すっかり整ったときだった。
 それを確かめる仕草。
 でもぼくはそういう気分じゃなかったの。

 「どうしたの、そんなにめかし込んで」
 「どうですか?」

 きみはきっとぼくのそういうところに敏感。それでいて、少しだけ意地が悪い性格をしているから。
 そんなことを訊くんでしょ。
 だからね、ぼくはやさしいから応えてあげるの。

 「いつもどおり、だよ」
 「それじゃあ困ります」
 「ん-、それ以上は難しいよって意味。ぼく、手直しすることなんていつもないでしょ?」
 「だといいんですけれど」
 「何ならおとなりさんに訊いてみる? きみがだいじにする、第三者」
 「いじわるなひと。いいです。あなたを信用することにします。光栄でしょう?」
 「んふ、きみがそう思うなら」

 むくれた顔。
 そんなきみのお顔の横に見つけた。近寄って、声をひとつだけかけて、それから手を伸ばす。ビクッてするきみに、ぼくはいじわるだから笑顔になっちゃうの。

 「これ、ぼくが選んだやつ」
 「耳元がさみしいと思ったんです。……耳朶に正確ですよね?」
 「うん。ぼくの思い描いたとおりにね。あ、ねえ、ぼくはどう? きみの腕を置けそう?」
 「うーん」

 遊ぶようにきみのお手々がぺたぺた。
 ぼく以外にはしないでね、ってみんなのために言ってるけれど、きみは人、生物、動物、問わず笑顔で目を惹く雰囲気を出すから。
 ……ほんとに分かってるの?

 「あ。この手触り」
 「そうだよ、きみが選んでくれたやつ。いい流れでしょ」
 「ええ。我ながら。自惚れますね」

 ぼく、きみのそういうところ、とってもいいと思うの。見ていて気持ちがいい。


 月末に――時間が予定通りなら、きみはいつもここに来る。ぼくが贈った匂いも身につけず、清潔に気を遣って。
 最初はあんなに怖がっていたのに。
 いまでは随分入れ込んで、虜。

 しゃがんで膝をついてスタンバイ。
 きっちりかっちり。きみも向こうも慣れてシンパシーみたいなものを持っている気がする。

 きみがじっと待っていれば、そう間も開けずにその子は来る。
 飛び込まずにそっと腕に収まるのだから、とびきり賢い子。ぼくも見ていて安心。

 その人々を虜にする毛にきみの手は埋まる。
 わしゃわしゃ撫でたり、きみが最初は驚愕していたエサをあげたり。それはそれは満喫。もちろん、ぼくも思う存分ね。

 「きゃー! いい子ですねぇ、かわいい仔。どうして、あなたはすばらしいんでしょうか! あらぁ、おねだりですか? カーネは世渡り上手ですねぇ」
 「……」

 カリカリときみの掌を触る。
 ぼくはガートの顎下を撫でて。……結構ね、ジェラシーなんだけれど。

 店員さんに誘われながらきみは楽しそう。あのね、結構、本気で、本当にジェラシー。


 帰りしな、きみはぼくの腕に頼って歩く。ひとりで歩けるくせに、そのための物をわざと忘れてくれるんだから。
 何でもお見通し。
 きみには叶わないし、……ぼくは人ヒト以上の働きはできないんだろうなぁ、って。

 まぁ、きみもヒト以上のことはできないし、そういう意味ではぼくたちはあの子たちがだいすきなんだから、仕方がないね。

 そのこころは、あっちこっちに散らばって、散らばるほど豊かだもの。




#大好きな君に



3/4/2023, 7:40:48 PM