やっちまった。
頭に到来するのは、その一文。
私は地面にうつぶせで寝そべり、大地の感触を体全てを使って味わっていた。
別に好きでやっている訳じゃない。
転んだのだ。
そして転び方が悪かったのか、持病の腰痛が再発し、動けなくなってしまった。
こんな大事な場面で腰をやってしまうなんて。
私はここで終わりだ。
今までの事が走馬灯のように思い出される。
私は弟の拓真と共に、二人力を合わせてつつましく暮らしていた。
しかし拓真の中学校入学式の日、突如宇宙人が侵略が始まり、私たちの幸せな日常は壊れてしまう。
宇宙人の驚異的なテクノロジーになすすべなく、人間の文明も崩壊。
だが諦めない人類は宇宙人に対抗するため、レジスタンスを結成。
私たちも日常を取り戻すため、レジスタンスに参加した。
ある日私たちはレジスタンスのリーダーから重要な任務を与えられた。
任務の目的は、宇宙人の基地に侵入し、機密情報を入手。
それをもって反攻のきっかけとするというのだ。
仲間のため、人類のため。
絶対に失敗できない重大な任務である。
そして敵基地に侵入。
首尾よく情報を入手したものの、敵に見つかってしまう。
だがそれは想定済み。
すでに脱出ルートが確保してある。
追いかけてくる敵を尻目に、予定通り脱出用の通路へ飛び込む。
ここまでは問題は無かった。
だが私は転んでしまった。
それはもう盛大に転んだ。
しかも無いところで転んだ。
恥ずかしすぎて、顔から火が出そう。
年は取りたくないものである。
私が自分の無力さに打ちひしがれていると、弟が走り寄ってくる。
私がついてこないことに気づいたのだ。
よく出来た弟だ。
だが――
「来ちゃダメ」
私の叫び声に、弟は驚いて硬直する
「逃げなさい。私はもう動けない。私の事なんて構わずに逃げなさい」
腰をやってしまった私に次は無い。
何としても彼には私を置いて行ってもらわないといけない。
「でも、姉さんを置いて行くなんて……」
「すぐに追手が来る。私に構っていたら、二人とも捕まってしまうわ。
あなただけでも逃げて、みんなに情報を伝えなさい」
私は弟を優しく諭す。
だがそれでも拓真は迷っていた。
「私なら大丈夫。捕まっても脱出して見せるから」
そんな彼を安心させるべく、出来るだけ優しく微笑む。
嘘だ。
何一つ、大丈夫じゃない。
腰をやってしまった以上、もう終わりである。
だけどそんなことを悟られないよう、拓真に激を飛ばす。
「行きなさい!」
拓真は逡巡した後、私に背を向け去っていく。
「それでいい、それで……」
小さくなっていく彼の姿を見て、小さく呟く。
彼がこの場を離れることが出来たのなら、私の勝ちだ。
「これで、大丈夫」
近づいてくる存在を視界の端に捉えながら、私は不敵に笑うのだった。
―――
――
―
「カーーート」
🎬 🎬 🎬
私は撮影を終えた後、スタッフ総出で救助され(笑)、急遽作られた簡易ベットに寝かされていた。
『瑞樹さん、絶対安静だからね』とスタッフ全員から強く念を押されしまったので、大人しくしていた。
まあ暴れたくても、動けないのだけども……
「瑞樹さん、大丈夫ですか?」
声をかけてきたのは拓真――もとい拓真役の子、拓哉君だった。
心配してきてくれたのだろう。
私のせいで迷惑かけたと言うのに、優しい。
「心配させてゴメンね。このまま休んでいれば大丈夫だよ」
私はニカっと笑う。
彼に心配させまいと、精いっぱいの笑顔を作る。
「拓哉君も気を付けてね。
腰は大事。腰をやったら、何もできなくなる」
「あはは。気を付けます」
ジョークと受け取ったのか、面白そうに笑う拓哉君。
笑ってるけど、いつか君も腰の痛みに苦しむからね。
「ああ、そうだ。最後のアドリブすごかったですよ。ものすごい気迫でした」
拓哉君が思い出したとばかりに、話題を切り出す。
私が転んだせいで台本から大きく外れてしまったあのカットは、『こっちのほうが面白い』と監督が言ったことで、めでたく採用された。
撮り直しと言われても、私は動けないので本当に助かった。
「瑞樹さんが予定より早く転んだのを見て、僕は頭が真っ白になっちゃったのに……」
「うん、それはゴメン。本当にゴメンね」
「事故ですから謝らないでください」
私が全面的に悪いのに、責めないとは……
なんて出来た子なんだ!
「でもそれじゃ私の気が済まないなあ。何かお詫びするよ」
というと、彼は少し考えて
「じゃあ、ファミレスでご飯奢って下さい」
拓哉君のお願いに、私は驚く。
「え?それでいいの?」
「はい。それがいいです」
謙虚だなあ。そう思っていたが、彼の次の言葉で感慨が吹き飛んでしまった。
「実は僕、瑞樹さんとゆっくり話してみたいと思っていたんです」
おっと、デートのお誘いだったらしい。
でも彼は未成年……
彼のためにも受け入れるわけにはいかない。
「そういうのは大人に――」
「アドリブのコツ教えてください」
やっちまった。
「あの、何か言いかけて――」
「なんでもない」
よし聞かれてない、セーフ。
不思議そうな顔をしている拓哉君に、深く追及される前に会話を進める。
「分かった。腰が楽になったら行こうか」
「楽しみにしてます。ところで言いかけた――」
「あはは。ご飯奢るの楽しみだなー」
「えっと、瑞樹さん?」
「あははー」
やっちまったことを誤魔化すために、笑う事しかできない私なのであった。
4/5/2024, 8:08:58 AM