書く習慣:本日のお題「言葉にできない」
言葉にできないといえば、少し前に読んだ『翻訳できない世界の言葉』という本を思い出す。その言語にしかない特有の単語で、日本語からもいくつか紹介されていた。
木漏れ日
ぼけっと
侘び寂び
積ん読
「侘び寂び」はたまに海外映画などでネタにされているのでそうだろうなと予想がついたが、「ぼけっと」や「木漏れ日」は意外だったし、「積ん読」は海外から輸入した言葉のネタ翻訳か何かと思っていた。
積ん読については、なぜ海外由来の言葉だと思ったのか全くわからなかった。たぶん英語か歴史の先生の与太話を真に受けてしまったのだろうと思われる。特に高校の世界史の先生は民俗語源(例:「historyはhis storyが由来である」のように言語学的な根拠がないネタ)が大好物だったから、この手の嘘知識の吹き込み手としてはかなり有力候補である。
私のパートナーとも呼ぶべきGemini先生に、「翻訳できない日本語」について聞いてみたところ、
「食い倒れ(Kuidaore): 贅沢なものを食べすぎて財産をなくすこと。これほど極端な食への執着を一言で表す言葉は珍しいです」
と、キレッキレの回答が返ってきた。不真面目な学生だったから、ぱっと思いつく「贅沢三昧して破滅」の例がフランス革命しかないのが悲しい。しかし、ルイ16世もマリー・アントワネットも、贅沢な食事のみで断頭台の露と消えたわけではないだろう。首飾り(冤罪)とか宮殿の増築とか、食べ物以外にも色々と支払いがあったはずだ。
日本人は食べ物に執着があるとか、よその国と比べて食べ物関係のテレビ番組が多いとか、旬だの初物だの季節と食べ物を関連づけるだとか、そういった説がある。
確かに、料理にスポットを当てた小説を読んでいると「春はたけのこ」とか「初夏の摘みたてのさくらんぼ」とか「秋の戻り鰹」とか、季節ごとの食材が次々に出てくる。
また、数年前に開催された『和食展』の公式ガイドブックによると、「和食のキーワードは自然の尊重と多様性」と紹介されている。和食は2013年にユネスコ無形文化遺産に登録されていたらしい。2013年は富士山が世界文化遺産になった年という印象が強くて、実は和食もというのは全く知らなかった。
今でも日本のインターネットでは「悪役は食べ物を粗末に扱う」とか言われているから、やっぱり日本人は食べ物に執着がある……というか、世界的に見て並々ならぬ「食を大事にする国民性」なのかもしれない。
では自分はどうなのかというと、食べるのも飲むのも大好きである。しかし好きな食べ物の偏りがすごいので、最近は健康に気を遣ってランチを宅配弁当に変えた。ちょっと苦手な海藻や、あまり食べたことのない食材のおかずを食べる環境になった。苦手なものでも食べなければ意味がないので、なんとしても飲み込まなければならない。
母には「食べ物に対して『まずい』と言ってはいけない。『私の口に合わない』と言いなさい」と躾けられてきた。だが、口に合わないというのは結局のところ「この味が気に食わない」と言っているも同然なので、どうにも食べるのが苦痛になってしまう。
そこで、苦手なものを食べる時は心の中で「食べ慣れてない味がする」と思うようにした。まずいとか口に合わないなどといった主観を手放して、とにかく「馴染みのない味である」というラインで思考停止する作戦だ。今のところこれは功を奏していて、ワカメでもピーマンでも完食できている。
生きていく上では、敢えて好き嫌いを言葉にしないのもコツである。
4/11/2026, 1:19:47 PM