かたいなか

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「『遠くの街へ』、『遠い空へ』、それから『遠い日の記憶』。さすがにもう『遠い』系は来ないよな」
アプリを入れて最初のお題が「遠くの街へ」だった。某所在住物書きは遠い4ヶ月と16日前の日を思い返し、当時の投稿を見返した。
「毎回毎回新ネタなんて書けねぇからって、続き物風
で各お題のハナシを繋げてって、気が付いたら随分遠くまで来たもんよ。早いねぇ」
で、長期間投稿して何が不便ってさ。遠い過去であればあるほどスワイプして辿るのが面倒。
あとガチで買い切りの広告削除プランはよ。
物書きは恒例にため息を吐き、スマホを指でなぞる。

――――――

昨日然り今日然り、なんなら明日も明後日も。
東京は最高気温が30℃超、なんなら明日は酷暑に迫る38℃予想。
つまり灼熱だ。アスファルトの照り返しが地獄だ。
先週ウチの職場の上司2名が熱中症で倒れちゃった影響で、その職場から直々に、「今週は無理せずリモートワークを活用しましょう」ってお達しが届いた。
リモート万歳。だってクソ上司とかカスハラな一部の「お神様」と顔合わせなくていいから。
……でもその他大勢の善良な「お客様」と会えないのはちょっとだけ、ほんのちょっとだけ寂しい。

「先輩?」
夜になっても相変わらず、東京の夜は暑い。
スマホの情報見る限りでは、完全に「超熱帯夜」。
今週食べるためのアイスでも補充しようと、しっかり水持って外に出たら、
涼しげなビオトープのある和風カフェ、窓際の席で、雪国の田舎出身っていう職場の先輩が、テーブルに左手で頬杖ついて、目の前の優しい色合いの何かをぼーっと見てた。

「やっぱり先輩だ」
そこは、私がこの職場に来て、先輩が私の教育係になって、初めて先輩に奢ってもらった和菓子とお茶のお店だった。
「せーんぱい。藤森先輩」
コロナ禍前。遠いっちゃ遠い日の冬だ。

当時の先輩は今よりもっと無機質で、今改めて考えれば、私が就職する前の大失恋、初恋の人に心をズッタズタのボロッボロにされた傷が、そのまま残ってたんだと思う。
対して、当時の私はまだ「大学生」が抜けきってなくて、先輩のことを下の名前の「礼(あき)」で呼んでた時期が数週間あった。

「アッキー、アッキ〜」
懐かしいな。よく先輩、生意気だった私のこと捨てなかったな。
もう4年くらい前だけど、その遠い日の記憶が一気に湧いてきて、すごく懐かしくなって。
「何食べてるの」
折角だから、先輩のテーブルに相席させてもらった。

「随分久しぶりな呼ばれ方だ」
「そういう先輩は?何頼んだの?」
「お前がおまんじゅう桜セットとホットの和紅茶を頼めば、『あの日』の再現の完成だが」
「『あの日』?」
「3、4年前。お前がこの職場に来て2年目の冬。『私に言いたいことがあるなら、美味い和菓子と日本茶の店を知っているからそこで聞こう』」

「私、先輩に『アッキーが無機質過ぎて怖い』とか、『なんでこの職場の人皆ノルマとか根性論とかに反論しないの』とか色々言った」
「私は聞くだけ聞き倒して、一切価値ある助言をしなかった。お前が私を『藤森先輩』だの、単に『先輩』だのと呼び始めたのは、その翌日からだったな。尊敬に足らぬと愛想でも尽かしたのか」
「逆ですー。ザンネンでしたー」

懐かしいね。 そうだな。
ふたりして遠い日にしんみりしてるところに、「あの日」と違って、配膳ロボットの猫くんが、私の注文品を持ってきてくれた。
「今日も奢ってよ」
「そこまで再現するのか?」
和風なお盆の上には、桜の焼印が押されたおまんじゅうの3個セットと、アイスの和紅茶だった。

7/17/2023, 1:55:25 PM