モクレン

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『記憶の海』

いつの頃からだろうか。
父の言動に違和感を覚え始めたのは。

前の日に自分で話したことを覚えていない。
さっき電話したのに、忘れてまたかかってくる。
とっくに亡くなっている母を探す。

一人暮らしだった父を心配し、毎日電話をしたり、それまでよりも頻繁に父の家に行った。
それでも、父本人にも色々なことがわからなくなってきた自覚があり、相当不安だったのだろう。
そのたびに一日に何度も電話をしてきたり、時には声を荒げたりした。

話が通じなくなってくる父が悲しかった。

数えきれないくらいのケンカをし、泣き、一人で食事を取ることもままならなくなり、最終的には施設に入った。

あれから数年、認知はだいぶ進んできてしまっているものの落ち着いている。
私のことも、まだ自分の子どもとちゃんと認識しくれている。
顔を見せると喜んでくれ、帰る時には気を付けて帰れと声をかけてくれる。
まだ、父の子どもでいられている。

でも、いずれそれも記憶の海の彼方へと追いやられてしまうのだろう。
そう、遠くないうちに。

5/13/2025, 1:37:51 PM