風になびく、波のような音を聞く。
尾花色の花穂が光を透かして揺れる様は、いよいよ波打ち際のようだ。
見渡す限り一面に広がる淡い色彩に、心ともなく溜め息をつく。時折紛れ込んでいるのを見掛ける毒々しいまでの黄色がここにはない。それだけのことがなかなかどうして心を躍らせるのだ。
あれはあれで、群れているのを見れば、なんとも鮮やかで悪いものでもないが、わざわざ諍いのように混ざり合うのを見たいとは思わない。そんな息の詰まる光景は日頃のそれでじゅうぶんなのである。
生気を削る慌ただしい喧騒も、思考の渦へ突き落とすような静寂もここにはない。ただ静かなざわめきだけが、うららかな秋の空気と共にすり抜けていく。
ぱちり。
この空間には不相応な機械の音をどこか後ろめたく感じつつ、今しがた切り取ったばかりの景色と眼前のそれを並べてみる。
やはり肉眼には敵うまい。そんな傲慢とともに手元のそれをしまって、今一度ほんとうの世界を見た。
次は君と来よう。この広い世界は二人ぶんの息継ぎをきっと許してくれる。他の誰が咎めても、それに縛られる義理はない。
名残惜しさを深い呼吸で押し止めて、来た道をできるだけゆっくりと戻る。その間にも、花穂の囁きは絶えず通り抜けていく。
美しい秋が、通り過ぎていく。
/ススキ
焼き付いて離れない情景が、夏の陽炎と過るのはどうしてだろう。
紅葉の鮮烈な赤よりも、積雪のまばゆい白銀よりも、視界を埋める桜の色よりも、透明でいびつな陽炎の揺らめきが、重たい湿度と張り付く灼熱を呼び起こしては蝉時雨を連れてくる。
それは大抵、影を差した記憶の映像だ。
うつむいた向日葵。人のまばらな海岸。幼い子供の手を引く大人の背中。耳鳴りとアスファルト。
コントラストの高い青色、あるいは淡い夕暮れの色に真っ黒な影が差している。それは夏の情景か、思い返した記憶の疎ましさか。
物悲しさをノスタルジーだと決めつけて、沸き立つあぶくのような追憶を手の届かないところへしまいこむ。
脳の奥、裏の裏の裏。どこまでも深いところへ。
二度と汚してしまわぬように、二度と失ってしまわぬように。
美化も風化もさせないように。
/脳裏
細かい雨が風に吹かれているような日に傘を差す
濡れていないところがない
/意味がないこと
いまこの頁には
あなたとわたしだけですね
/あなたとわたし
はらはら、はらはら。
空から落ちるのは、さながら、滴のようで。
はらはら、はらはら。
頬を、髪を掠めていくのは、あたたかな慈雨のようで。
はらはら、はらはら。
あどけなく舞い踊る、こんなにも柔らかな花びらを、誰が吹雪と呼んだのだろうか。
/柔らかい雨