「ねーねー。風弥?」
「どした?」
〜「どうしていつも半袖なの?」〜
その一言で思い出が溢れてくる。
僕はかつて吹奏楽をやっていた。そして高校でベースを兼用するようになってからのことだ。
ある女子に言われた言葉が心に深く突き刺さった。
「制服にベースって似合わないね。」
いつもなら、高校に入って明るくなれた僕はその時だけ真に受けてしまった。直後に先輩が「去年の先輩も制服だから別に違和感ないよ」とフォローしてくれた。
あれ以来、校則ギリギリの範囲でしっくりくる格好を試行錯誤していた。だけども、気付いた時には冬になっていた。指先が冷たくてベースを弾くのが困難だった。
ある日、音楽室の暖房が壊れてなまら暑くなっていた。そして中に来ている半袖のパーカーを露わにして合奏に望んだ。
「ありがとうございました」
部員による顧問への感謝が溢れるミーティング。後に片付けをしていた時に言われた、
「その格好イイネ! 特に半袖パーカーつと学ランって相性イイ!」
あの時の女子だった。
とにかく嬉しかった。嬉しくて嬉しくてふわふわした感触を覚えていた。
……
「ちょっと、風弥?」
言われてハッと気づき、時が動き出した。
「ちょっと昔を思い出してたんだよ。」
あれから10年で地球の環境は変わってしまった。
極端な地球温暖化対策によって二酸化炭素濃度が激減し、日本でさえ夏に氷点下付近になってしまった。そうなると半袖はほぼ下着同然と化す。製造量が少ない半袖はそもそも貴重品になってしまった。
「ベースに半袖パーカーが似合うと言ったのは君だからね。責任取り続けてよ?」
僕は今日も趣味に没頭する。
君と出逢ってから世界がガラッと変わったよ。
母の愛情は本物じゃ無かった。父の叱りも愛ゆえの鞭では無かった。そんな絶望を反転させたのは君だよ。
だからさ、僕も君の人生を変えてやる。
星空降り注ぐ田舎町にしては珍しく君以外の光が目に映らなかった。
「好きです。付き合ってください。」
私は生まれて初めての告白をした。彼は爽やかな笑顔とともに「はい」と返事をした。
ーーーーーーーーーーーー
遡ること数時間前。
私はグループの5人で昼食をとった後、ブラックジャックをして遊んでいた。この中で恋人がいる咲がディーラーとなって賭けをしていた。最下位は罰ゲームとして誰かに告白すること。
誰もが罰ゲームを回避するため当然盛り上がる。騒がしい教室の中でさえ飛び抜けてうるさかった。
「ゲーム終了! ということで最下位は借金千円分の沙耶でーす。」
このような経緯で私は告白をした。
罰ゲームがきっかけで"彼氏いない歴=年齢"のわたしに終止符を打った。
こうして陽キャとして最悪な仕打ちを彼にしてしまった私だが、実は彼のことが大好きだ。1年間積み重ねた思いがやっと報われて告白後に飛んで喜んだほどだった。それでも罰ゲームという卑怯な手段で告白したことは本当に後悔している。だから罰ゲームの期間が終わったら本当の思いを伝えようと思った。
現実が辛い。他人と感性や価値観が合わない毎日。そのくせ間違ったことも多数決で正当化する。人と関わるのがとても嫌になる。友達にも嫌われ、クラスで孤立した。話す人もいるのに友を求めるのは贅沢なのだろうか?。自分は悲劇の主人公でもない。決してどん底にいる人間では無い。だからこそ助けを求めようにも求められない。だからクラスにいると心臓を掴まれたような感覚に襲われる。僕は地獄に近い天国にいる。地獄の住人は生活保護を受けられる。だからある程度天国に住めるのだ。だが、地獄と断定されない天国はかなり辛い。
だからこそ消えてしまいたい。でも取り返しがつかない。そんな毎日だ。頭がおかしくなりそうだ。明日が来なければぐっすりと眠れるのだろうか。不安に包まれて今日も布団に入る。
「おはよう。やっと目が覚めたんだね。」
「君は誰?」
木漏れ日が降り注ぐ木の下で優しい声が聞こえた。彼女が天使のように見えた。
「私は咲良 天詩だよ」
「天使なんですね」
「違うッ。名前が天詩(てんし)なの!」
彼女は見ての通り天使だった。この笑顔と声がとても好き。一目惚れなのだろうか。とても美化されて見えた。
「君はどうしたの?」
「僕は…。」僕はどうしてここにいるのだろうか。あんまり覚えてない。確か寝てそのままで…。
「ってことは夢なのか!」
「起きてくださーい。ここは現実ですよー。」
確かに頬を抓られて痛い。頭をグリグリされて痛い。
「うん。現実ですね。 実は寝ていて、起きたらここにいて…。」
「そっか、何も覚えてないんだ。」
彼女は何故か喜んでいるようにも悲しんでいるようにも見えた。
「そういえば…。君の名前は?」
「僕は影大(えいた)です。」
「そっか、影大くん。近くに公園があるんだよね。一緒に行くよ。」
僕は遠ざかる彼女の背中を追いかけた。咲良さんはこんな僕を引っ張ってくれる人なんだ。どこか懐かしく感じた。
「さぁ、色々話そうか。」
「話すって何をですか?」
「はぁ〜。君はなんでそんなに暗い笑顔をするの?。私に話を聞かせて。」
暗い笑顔。心から笑ってるつもりだったのに顔の筋肉が緊張して上手く笑顔を作れない。彼女の言葉と視線は心の底を見透かされたように感じられた。
「実は…。」
僕の悩みは大したことでは無い。価値観が異なるだけで何を病んだりする必要があるのか。でも、自分を殺すのは気持ち悪い。
部活に本気になっているのに周りは僕に迷惑をかける。真面目に練習している時に話しかけてきて…。でも、吹奏楽は部全体の雰囲気が全体のハーモニーに大きく影響する。だから雰囲気を悪くすることは望ましくない。
「部活がめんどくさい?」
面倒でもわざわざ言うなよ。本気でやるのがどれだけ楽しくて熱くなるのか。
それに、姉は…。
「嫌な先輩がいるから音楽は高校でしない?」
アイツは音楽がほんとに好きだったの?。それを言い訳にして…。かっこ悪いと思う。ただただ惨めでカッコ悪いだけなのに人は言い訳に逃げる。ふざけるな。僕の本気をなんだと思っているんだよ。
「君の悩みってダムみたいだね。貯めて貯めて溢れたら一気に放出する。」
考えていただけなのに声に漏れていたらしい。
「なんで、本気のかっこよさが分からないんだろうね。私も一時期悩んだよ。でもさ、こんな人達に負けて自分も努力を怠るとただの逃げるための言い訳だよ。」
確かにそうだ。僕は誠実に生きたい。たとえ、理想だと笑われても目指したい姿があることが大事なのだから。
「天詩って、僕の話を理解してくれるし、頭がいいの? 」
「さぁ?どうかな?」
悪戯っ子のような笑顔で可愛らしかった。でも、きっと僕の理解者だ。
「さあ!着いたよ。」
そこには懐かしい光景が広がっていた。無駄に多い鉄棒や複雑な遊具がある。その近くにいつもキレイなベンチがある。
「僕が子供の時によく遊んでた公園だよ! ねぇ天詩、遊んできてもいい?」
「どうぞお好きに遊んでください。」
子を見守る母のようで安心感があった。こんな人と出会えて僕は幸せだな。心からそう思った。せめて終わらない夢であって欲しいのに…。
しばらく遊んでいると世界が歪み始めた。
「それそろか…。」
「えっ…。天詩ってもう消えちゃうの? 嫌だ。僕の唯一の理解者だったのに…。」
「じゃあね。」
「グニャッ」
「待って。まだ話したいことが…」
時空が歪み、激しい動悸があった。彼女は最後の瞬間まで笑顔で手を振っていた。
「おはよう。世界。」
今日も憂鬱で空気を演じる時間がやって来る。今朝の夢が未だに脳裏に焼き付いて離れない。とても寝ぼけたような感覚だった。
それでも灰色の世界は徐々に彩られた。そして、最後の仕上げには…。
「突然だが、うちに転校生が来た。それじゃあ挨拶をどうぞ。」
何となく感じていた印象は変わらなかった。
「天使…。」
「皆さん初めまして。咲良 天詩です」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
現実が嫌だ。私に対するいじめが発覚し、いじめっ子は退学した。そしたら退学した子の友達が、「お前さえ居なければあいつが退学する必要なんてなかったのに…。」って言った。私はクラスに馴染めない。私は何をしたの? 理由があるなら教えて欲しい。
それでも陰で言い続けるアホは止まらない。毎晩毎晩「明日が来なければいいのに」と強く願った。
どこか懐かしい森で目が覚めた。でも、何かは覚えてない。
しばらく私は野鳥や花を観察して歩き続けた。都会では考えられない楽しさがあった。ゴジュウカラやアカゲラが沢山見える。
私は既に夢だと気づいていた。
「こんな世界がずっと続けばいいのに…。」
そして、現実に戻った。ただの苦痛でしかない時間はやって来る。高校なんて先生が存在するだけでまともに機能していない。先生は「気にするな」と一言だけ。願うならばもう一度あの夢を見たい。
「君は誰ですか?」
「誰でもいいじゃないか。」
「そっか、そう…。」
夢って意識がないから思考ができなくなる。全ては流れるように時間は進む。
「君は何に怯えているの?」
「なんでそう思った?」
彼は少しの間を置いて端的に言い放った。
「だってさ、右手震えてるよ?」
ずっと無意識だった。震えなんて自覚していなかった。特に怖いものがそこにあったからでは無い。私の意識の底で負の感情が増殖し続けている。
「怯えてるよ。私の話、少しだけ聞いてくれる?」
彼は快く返事をし、座れる所まで案内してくれた。一つ一つの行動に細かい気づかいができる男を私は初めて見た。
私はいじめられたきっかけを鮮明に覚えている訳でもない。ただクラスに馴染めなかったから出る杭は打たれた。ただそれだけ。
事件は授業でお笑いの動画を見た時だ。その動画は生徒の娯楽のために再生したものであるから自然に見てしまう。
レポーターの男がカメラに写った時、漫才師がイジりとして言葉を言い放つ。
「アイツ、ワシよりおもんねえの。」
「あの顔w 前世は盧舎那仏像だったのかよ。」
クラスは笑い声で満たされていた。でも、私は笑えなかった。他人に対してツッコミを入れるのと暴言を吐くのは違うと思った。
動画の視聴後、その芸風はクラスで流行った。
「アイツ前世はミジンコだろ。」
「いやいや、プランクトンだろ。」
人を貶してそれを笑う。きっとその笑顔は間違っている。心からそう思った。だから笑っている人を見るのはとても気持ち悪い。
「そうか、現実は辛い?」
「はい、辛いです…。」
「辛かったら逃げよう。
猟兵は有利局面と勝たなければならない場面でしか戦わないんだよ。戦略的撤退って言葉があるように、逃げることも後退ではなくて、別のルートへ進むための第一歩なんだよ。」
「後退でなく、未来への1歩…。」
端的かつ、重い言葉だった。さらに続けて彼は言った。
「もっと先を見よう。長期的に考えるといい事がたくさん見つかるよ。」
この人はきっと他人をポジティブ思考にさせれるんだと思った。
昔から自分が少しだけ大人だと思っている。物事を総合的に理性的に判断できるのが自分だけだと思ったからだ。だから、同級生の考えは幼稚で浅はかだと考えてた。
「誰かを貶して得る笑顔は自覚すると気持ち悪いんだよ。中学生になってから…。今もずっとずっと…。貶して笑いが生まれるなら幸せ笑顔ではないだろ。」
「あぁ、そうだよ。僕も苦しめられた。そしていつか苦しめられる。だからさ…。」
そこから先は夢から覚めたのか何も見えずに視界から彼が消えた。それでも最後の言葉は覚えていた。
「よし! 現実から逃げよう。」
私は転校を決意した。
「この街ってこんなに景色が良かったのか…。」
灰色の空を澄み渡る青空に変えてくれた彼とまた会いたいと願った。
「じゃあね。」
「グニャッ」
「待って。まだ話したいことが…」
彼は突然消えた。台風が吹き荒れる荒波から一変、凪になった。
私は彼のことを考えた。
「約束通り、あなたの助けになった? 影大くん。」
2人で歩く歩道橋のさらに上には光輝く宝石で埋め尽くされていた。闇を隠すように溢れ出していた。私は幼馴染のゆーくんとこの下で話すのが好きだった。単にゆーくんが好きなのもあるけども私はロマンが大好きだった。八月の空に見える銀河の断面を川と比喩した人は本当に天才だと思う。この川は私にロマンを与えてくれるだからゆーくんと見るのが大好きだった。
ゆーくんは今も覚えてるかな?
私は忘れかけたロマンをこうして思い出す。研究漬けの毎日なのは自分で選んだ道だ。だからここで折れる訳には行かない。少しでも早くに会いたくて私は今日も道具研究を続ける。
「時を越えて私のロマンを取り戻す。」 私はこう誓った。
ゆーくんは優秀で周りの子から好かれていた。でもそれは仮初の姿。本当のゆーくんは私しか知らない。クールな表面に隠されているのは本当はふざけたい気持ち。誰もが羨む頭の良さはショートスリーパーな彼女が大量の自由時間を削って手に入れた成果ということ。ゆーくんの努力を小学生の時から見てきている私はゆーくんを羨む人を心底軽蔑した。でも、ゆーくんは優しいからフェイクの笑みを振りまく。そんな心をすり減らしているゆーくんを支えたくてずっと一緒にいて本心を聞いたりしていた。でも、最大の悩みは解決などしようがない。
ある日、いつもの歩道橋で突然ゆーくんが立ち止まった。
「空、綺麗だね。」
「うん! 私はね月もいいけどその奥のマイナーな星が見えるようになるってロマン溢れるしょ? だから好きなんだよな〜」
「ふふっ、しょーちゃんはロマン好きだね。」
「だって星と書いて「しょう」だもん!」
「幽九って名前もかっこいいよ!」
「でも…」と言いかける彼女の言葉を遮って言った。
「可愛くなりたいんでしょ?」
「うん。」
彼女はボーイッシュな見た目と名前にとても苦しんでいた。「女の子なのに……」というどうしようも無い問題を彼女は抱えていた。これは子供だからこそより精神的に来る辛さなのは私にも想像できた。周りは肯定どころか今の彼女を肯定する。