【誰そ彼】
「あなたは誰ですか?」
これは私の決め台詞みたいなものだ。
目の前の相手に放つその言葉は、「自分が何者であるか」自覚させようとする。
私は、自分が何者か分かっているはずだ。
私は霊能者。
それが「あなたは誰ですか?」という問の答えになれる。
しかし、目の前にいるのはその問に答えられない人、すなわち「憑かれてしまった人」。
まるで人形のように、自分を操作されている人だ。
彼らは、自分が何者であるか分かっていない。
正体不明の霊に体を乗っ取られ、「自分」という存在が迷子になった人たち。
恐るべきものとの対峙。
慣れることの無い緊張。
私はその感覚を肌身で感じながら、今日も問う。
「あなたは、誰ですか?」
【監禁】
俺は土砂降りの雨の中を歩いて帰路に着いた。
10階建てマンションの6階、ドアの前に立ち、鍵を差して中に入った。
親元を離れて独り暮らし、なので「ただいま」と言っても誰も返事することは無い。
室内はまだ暖房が効いていないので寒い。
さっき買った缶コーヒーを飲むと、体中に温かさが広がった。
勢いに任せてグイッと飲んでしまった。
おいしい。
口の中に広がった苦味を堪能していると、
どこからともなく歌が聞こえてきた。
その歌声にはっとして、急いでクローゼットを覗きに行った。
あいつめ、
今日こそ…
クローゼットを開けると、中に独りの男の子が居た。
歌っているところを俺に気づかれて「あっ、やべっ」という顔をしている。
「俺さぁ、何回も言ったよね、歌うなって。何で歌うのかなあ?お前が歌うと不愉快なんだよなあ」
男の子の頭を掴み、まくし立てるように言った。
男の子は最初、唇をぎゅっと閉じていたが、
いきなり鋭い目をこちらに向けて言った。
「でも、でもあなたはミュージシャンになりたいんでしょう?」
俺はその言葉に苛立ちを覚え、咄嗟に男の子の首を絞めようとした。
「お前っっ、余計なことを言うなっ!」
しかし我にかえり、男の子から手を離した。
彼の目は澄んでいる。
強い眼差しで俺を見ている。
「僕は、諦めていないよ。」
彼が言い終わるのを待たずに、クローゼットの扉を閉めた。
クローゼットの扉を閉めた後、俺は膝をついて座り込んだ。
俺は今日も殺せなかった、
かつての自分を。
明日もきっと、同じなのだろう。
【雷鳴】
さっきのこと。
お母さんと喧嘩した。
もう、口を聞きたくない。
私は自室に籠もって、ベッドの上で泣きながら音楽を聴いている。
今日の昼過ぎ、私はリビングの棚を漁り、たまたまオトウサンの写真を見つけた。
オトウサンとお母さんのデート写真だろうか。
笑顔が素敵なツーショットだった。
私はビックリして、お母さんが玄関を開ける音に気づかず、ひたすら写真を眺めていた。
「ねぇ、」
私ははっとして振り返った。
お母さんが立っていた。
「何持ってるの?」
「え、えっと、」
「それ、お母さんに渡して」
「えっ…」
お母さんは私の手から写真を奪い取った。
「勝手に見ないでっ」
私はショックだった。
まるで、輪から外されるように。
「あなたには関係ない」と、言われるように。
「なんで、なんでそんなこというの…?」
私は声を震わせ、涙を堪えながら言った。
「どうしてもなの。だから見ないで。」
お母さんからその言葉が放たれた瞬間、私の中で何かが固まった。
「いっつも…」
私は声を震わせつつ、強く言った。
「いっつも、オトウサンの話避けてばっかりじゃん!」
お母さんは目を少しだけ見開き、「図星だ」という顔をした。
「なんでオトウサンのこと、話してくれないの?
なんで避けるの?」
お母さんは何も答えてくれなかった。
「なんで、逃げるの…?」
重い空気の中、お母さんはゆっくりと口を開いた。
「大人の事情ってもんなの。」
「大人の事情って何!?そうやってまた逃げるの!?もう」
「いい加減にしてっ!」
私はビクッとした。
今まで見たことのない、お母さんの恐い目。
私はその光景に、空気に耐えられなくなり、
逃げた。
「お母さんなんか…嫌いっ…」
私は自室に戻り、布団の上に横たわった。
左目から涙が流れるのが分かった。
でも、そんなのはどうでもよかった。
お母さんは、確実にオトウサンの話を避けている。
何となく分かっていたけど、そうなんだ。
私はそれが悲しかった。
辛かった。
スタンドに立てかけてあるオトウサンのギターが、寂しそうにしているのが見えた。
ああ、辛い。
私は静寂の中に響くすすり泣く声を、音楽で掻き消した。
イヤホンをつけて、YouTubeを開き一番最初に出てきた動画をタップした。
応援ソングっぽい。
明るい音楽、晴れ渡る空。
「お前はひとりじゃない」
「みんな違ってみんな良いんだ」
どっかで聴いたことのある歌詞ばっかり。
「希望はすぐそこだ」
何が希望だ。
青空の下で希望を歌わないでよ。
絶望に寄り添ってくれやしない音楽を途中で止め、耳は再び静寂に包まれた。
ああ、辛いなぁ。
静寂に包まれた部屋で私はひたすら泣いた。
視界の傍らに見える窓の外の景色は、どんよりとした灰色だった。
【辞世】
2010/12/20
ひさしぶりに歌詞をかこうとおもう。
これがさいごの作品だ。
いわば辞世の句。
ぼくはもう、曲をつくれない。
ギターを弾くこともできなければ、歌詞をかくこともできない。
文字をかくのがやっとだ。
漢字をかくのがつらい。
辞世の句は、みずからの人生をふりかえった感想のようなものだ。
くわえて、死に対する思いの具現化。
ぼくを現世にのこすこと。
人には2度の死があるという。
ひとつめは体の死。
ふたつめは、記憶の死。
みんなから忘れられたとき、人はほんとうのいみで死ぬ。
ぼくは怖い。
死ぬこと、わすれられること、きらわれること。
ぼくはずっとここにいたい。
今までの人生たのしかった、とかんたんにいえない。
だから、ぼくは日記をかいている。
いつか、だれかがみつけてくれたら。
そしてぼくのうたをみつけてくれたら。
ぼくはいきられるから。
だから、みつけてくれ。
【窓際の証言】
2010/12/16
体がいたくて動けない。
窓ぎわをみることしかできない。
今日は雪がふっている。
なんだかかなしいな。
家族にあいたいな。
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「海愛ちゃん?海愛ちゃんなの?
久しぶりじゃないの。元気にしてた?」
スマホから、少しだけ懐かしい声が聴こえた。
「うん、元気にしてたよ、おばあちゃん。」
電話の相手は、おばあちゃん。
オトウサンのお母さんだ。
「いきなり電話かけちゃって、どうしたの?」
「実はね、教えてほしいことがあるんだ」
私は呼吸を置いて、言った。
「オトウサンのことを、教えてほしい。」
遡ること1週間前。
かのんちゃんに秘密を話し終え、次に何をしようかと暇を持て余していたときだった。
これからのことについて色々考えていた。
お母さんはきっと、私がしていることを喜ばしく思っていないだろう。
オトウサンの生い立ちを訊いても断固として口を割ってくれなかったから。
理由は分からないけれど、きっと私にはオトウサンのことを知ってほしくないのだと思う。
ということは、お母さんから話を聞くことは不可能に近いと考えた。
それならば。
おばあちゃんならどうだろうか。
オトウサンは居ないけれど、オトウサンのお母さんがいる。
きっとオトウサンの生い立ちをよく知っているだろうし、おばあちゃんしか頼れない。
そう思い、電話帳を漁っておばあちゃんの電話番号を見つけ出した。
そして今に至る。
私は窓際で外の景色を眺めながら電話をしている。
「…いきなりどうしたの?お父さんのことを訊くなんて」
「実はね…」
そうして、私は今までの出来事を全ておばあちゃんに話した。
オトウサンのギターを譲り受けたこと。
オトウサンの日記を見つけたこと。
全て話した。
最後まで話し終えると、おばあちゃんは
「ギター弾いてるんだねえ。良いじゃないの。」
と、褒めてくれた。
「えへへ、ありがとう。」
「今度、また聴かせてね。
しかし、お父さんのギターを使ってるのねえ。」
オトウサンの話をし始めたので、私は身構えた。
「お父さんのこと、気になるの?」
「うん、気になる。お母さんは全く教えてくれないから。」
「そっか…、おばあちゃんしか教えられないのねえ。」
そう言うと、おばあちゃんのお話が始まった。
「お父さんはね、東京で産まれたのよ」
「東京で?」
「そう、海愛ちゃんは静岡に住んでるけどね、お父さんは東京生まれなんだよ。
それでね、11歳の頃だったかしら、急にギターを始めたのよ。」
「え、そんなに前から?」
「ええ、好きな歌手が居るって言っててねえ。楽しそうだったよ。」
てっきり、オトウサンが大学生の時にギターを始めたのかと思っていた。
「そうそう、それで音楽大学に入りたいって言ってたんだけど、周りが止めてねえ。
私も夫も「普通の大学に入りなさい」って言っちゃったの。
今思えば、あれは余計だったわ。
…それで普通の大学に入ってから遥さん、あっ、海愛ちゃんのお母さんと出会ったのよ。」
ここら辺は日記を読んで知っている。
「それから結婚して海愛ちゃんが産まれた年に、病気が見つかって入院したのよ。」
これも、日記を読んで知っている。
「それから3年経って、病気が酷くなっちゃって死んじゃったのよねえ…。」
死ぬ直前のことも日記で知っている。
いつもあのページで、心が痛くなる。
「それからねえ…あっ、ごめんねえ。
これから徳子さんが来るのよ。
本当はもっと話したかったのにねえ…」
「こっちこそごめんね?いきなり電話かけちゃって。」
「ずうっとね、海愛ちゃんと話したかったの。ずうっと待ってた」
「私も。おばあちゃんと話せて嬉しい」
「それじゃあね、また話そうね」
「じゃあね…あっ、待って、」
私は言い忘れていたあの言葉を伝えた。
「今年の夏、東京に行ってもいい?」