「沙都子、おはよう。
久しぶり!」
「来たわね、百合子。
万年お祭り女め」
夏休みに入ってから、初めて友達の沙都子の家に遊びに行った時の事。
沙都子は家の用事で、夏休みに入ってから出かけていて、久しぶりに会う。
感動の再会に私はワクワクしていたのだが、沙都子はそうでなかったらしい。
私の顔を見るなり、多分悪口であろう言葉が投げかけられる。
沙都子は、いつも私を揶揄うために冗談か悪口か分からない事を言うが、今日はただの悪口である。
出かけた先で、なにか嫌な事があったのだろうか?
確か、どこかのパーティに行くと言いていたのを覚えている。
沙都子の家は世界有数のお金持ちで、『お金持ちにはお金持ちの付き合いがある』からと、パーティに行かないといけないらしい。
その時は『そういう事もあるのか』と軽く流したのだが、きっとそこで何かあったのだ。
「沙都子、なんか嫌な事あった?」
「別に……
なんでそう思うの?」
「さっきの『お祭り女』って悪口、普段の沙都子からは出ないやつだよ」
「それは褒め言葉よ」
「ホントかなあ?」
「本当よ。
毎日遊びに来て、お祭りの様に騒ぐじゃない……
毎度毎度よく騒ぐと、呆れを通り越して感心していたの。
そんなあなたに敬意を表して、『お祭り女』の称号を与えるわ」
「やっぱり悪口だよね」
特に言葉の裏を読まなくても分かる。
沙都子の顔が見るからに不機嫌だからだ。
いつもは笑顔を貼り付けて嫌味を言うので、やっぱり何かあったのだろう。
聞き方を変えるべきか……
とはいえ私に駆け引きなんて、高等な技術なんて持ってない。
ここは正面突破で行こう。
「沙都子、パーティど――」
「は?」
『どうだった?』と言い切る前に、沙都子が私を睨みつける。
あまりの気迫に、少しビビる。
……ちょっと漏らしたかもしんない。
「最悪に決まってるでしょう?
男どもが寄ってくるのよ」
「まあ、沙都子は美人だしね」
「それだけなら別にいいわ。
けど正直どうでもいい自慢話をずーーーーーと聞かされるの。
一方的に、中身がない話をね!」
「それは大変だったね」
「武勇伝なんてどうでもいいの。
けど、邪険に扱う訳にもいかないから愛想笑いで流すけど、向こうは一向に気づかないし。
最悪だったわ」
「お疲れ様です」
私にはそれしか言えなかった。
ていうかお金持ち関係ないな、これ。
ふと思ったんだけど、沙都子が私を邪険に扱うのは、私の話がつまらないと思ってるから?
……やめよう、考えても幸せになれない。
「気分が悪くなってきたわ。
百合子、ちょっと面白いことしなさい」
「藪から棒過ぎる。
ていうか私、芸人じゃないし」
「『お祭り女』でしょ。
ほら私を楽しませなさい」
沙都子の不機嫌な態度は変わらない。
沙都子の言い回しは少し腹立たしいが、ここで私が面白い事すれば、沙都子も少しは気が晴れるかもしれない。
そのくらいの友達甲斐はあると思っている。
少し乗ってみよう。
「そこまで言うなら仕方がない。
では、ここを祭り会場とする」
「早くそうすればいいのよ……
それで?
なんのお祭りするの」
うーん、祭りをすると言っても特に何も思いつかない。
やっぱり勢いだけは駄目だな。
「お菓子祭りはどう?」
「毎日やってるじゃない」
「じゃあ、ゲーム祭り」
「それも、毎日やってるじゃない」
「じゃあ、アニメ鑑賞会」
「それも毎日ではないけどやってるでしょ。
少しは特別感出しなさいよ」
思いつくまま言ってみたが、沙都子のお気に召さないようだ。
正直飽きてきたけど、ここで引き下がれば『大したことないわね』と馬鹿にされる。
それだけは避けたい。
でも特別な事なんて……
あった!
「ニコニコ動画復活祭はどう?」
「……復活祭?」
「この前サイバー攻撃受けて、ニコニコ動画が使えなくなったじゃん?
それが8月5日にサービス再開するんだよ」
「それは知らなかったわ。
あなた、そういうの好きだものね……
で、何をするの?」
「うっ」
いい考えだと思ったが、何をするかまでは考えてなかったな。
どうしよう。
「ニコニコ動画の動画を見るとか?
一部は今でも見れるし」
「それ、復活祭でする事じゃなくない?」
「それは……」
一般的な正論を言われ、私は押し黙る。
ニコニコ動画が好きな人間同士なら、復活祭で延々と動画を見るのも面白いのだが……
けど、沙都子は割と普通の感性を持っているからな。
盛り上がらないかもしれない。
さてどうしたもんか。
私が悩んでいると、沙都子が手をパンと叩く。
「いい事を思いついたわ」
沙都子が、本日初めての笑顔を見せる。
よっぽど面白い事を思いついたに違いない。
主に私が困る感じの。
嫌な予感がする。
「ニコニコ動画の関係者を呼びましょう」
「!?」
私は耳を疑う。
今なんて言った?
「ニコニコ動画やってる会社の幹部を呼んで、お祭りをするの。
名案でしょう?」
『ありえない』。
そうは言い切れないほど、沙都子の家は大金持ちだ。
良く知らないけど、いろんな所にも影響力があるだろう。
どこまで本気化は分からないが、私を困らせるためなら、何でもやるタイプである。
ここで食い止めないと!
「待って、今忙しい時期だから、呼んだら迷惑になるよ」
「大丈夫よ、可能な限り向こうに配慮するわ。
私も仕事の邪魔なんてしたくないもの……」
「私にも配慮して。
そんな大事になったら困るよ」
「そこでの挨拶任せたわよ。
お祭り女さん」
「聞いてないし」
「ちょっと待っててね、お父様にお願いして来るから」
「ダメー」
◆
結果から言えば、ニコニコ動画復活祭は開催されなかった
私がアタフタした様子を見て、沙都子は満足したらしい。
これ以上ないくらいの笑顔であった。
『冗談よ』とは言っていたが、私の様子が面白くなければ、絶対に呼んだだろう。
沙都子はそう言うやつだ。
それはともかく――
「もー機嫌直してよ」
「うるさい、金持ちバカ」
「ほら私が悪かったから。
謝るから、ね」
私は拗ねていた。
一応、沙都子のために頑張ったと言うのにこの仕打ち。
それを冗談で済まされては、私の気分はよろしくない。
さすがにやりすぎたと思ったのか、沙都子が必死に謝ってくる。
けれど、実は私はもう怒ってなかったりする。
すねたのは本当だけど、その時の珍しく沙都子慌てた様子がなんだかおもしろく、どうでも良くなったのだ。
「ほら機嫌直して。
百合子の好きなお菓子用意したから」
「つーん」
「仕方ない。
私だけで食べるわ」
「あ、私も食べる!」
こうして私たちの夏の一日は過ぎてく。
賑やかで平和な一日。
私たちの日常は、いつだってお祭り騒ぎだ。
神様が舞い降りてきて、こう言った。
「とりあえず生」
「俺も」
「ヘイ、喜んで!」
ここは神様居酒屋。
神様が集い、酒を飲み交わす場場所である。
時に互いを労い、時に情報共有し、時にただ酒を飲み交わす。
神様の仕事も楽ではない。
神様も人間と同じように、飲みニケーションへと赴くのである。
今日も二人の神様が居酒屋へきて、酒を飲み交わしていた。
活発な神様と、大人しそうな神様。
性格が正反対の二人は、神様養成学校を卒業した同期。
仲の良い二人は、しばしば居酒屋で酒を飲み交わしていた。
「プハア。
仕事終わりの生は最高だぜ!」
「ゴクゴク……
ウマい……」
ジョッキに注がれたビールを飲み干す二人。
神様と言うのは無類の酒好きである。
どれくらい好きかと言えば、管理する人間界に、捧げものとしてお神酒を要求するくらいである。
人間に質のいい酒を造らせ、それを飲む。
それは神様にとって至福の時だった。
だが大人しい方の神様は、浮かない顔をしていた。
「なんだよ、元気ねえな。
うまくいってないのか?」
「うん……」
大人しい神様は、泣きながら友神に語り始めた。
「最近、僕が管理している世界、信仰が薄くなっているんだ」
「あー、最近そう言うトコ多いらしいな。
お前のとこもそうなのか……」
「うん……
最初は良かった。
神様神様って言って、僕を崇めてくれたのに……
貢物もくれてさ
でも、最近じゃあ、神なんていないって言うんだよ」
「そりゃ大変だな」
「人間どもが勝手に願い事してくるのがウザいと思った事もあるよ。
貢物したから、雨を降らせろとかさ
けど今みたいに無視されると、無茶を言われる時が一番やりがいがあったと思うよ。
なあ、どうしたらいいと思う?」
「うーん」
大人しい神様の悩みに、活発な神様は考えます。
酒のせいでうまく頭が回りませんでしたが、活発な神様は妙案を思いつきました。
「簡単な方法がある。
ガツンと言えばいいのさ」
「というと?」
「はっきり言うぞ。
お前、舐められれるんだよ。
人間どもにきちんと力の差を見せつけないとダメだ。
アイツらバカだからな」
「でも、いい人ばかりなんだ」
「分かってる。分かってるよ。
けどさ、実際にはお前のこと舐めてるわけ。
お前優しすぎるから、恐くないんだよ。
けど神様は、畏怖されてなんぼだ。
ほら、もう一杯飲んだら行くぞ」
「どこへ?」
「お前の管理する世界にだよ。
そうだ。
今の内に、人間界に行ったら時の計画を考えようぜ……」
◆
人間界。
神が住まうと言われる神聖な場所で、天変地異が巻き起こっていた。
人間たちは恐れおののき、神職たちが必死に祝詞を唱え、怒りを鎮めようとしていた。
誰もが世界の終わりを覚悟したとき、神様が舞い降りてきて、こう言った。
「お前たちの傲慢な物言いには、あきれ果てた。
よって天罰を加えることにした。
もう我慢ならん」
人間たちは、神様が怒り狂っているのを見て、知らず知らずのうちに増長していたことに気づいた。
だが後悔先に立たず。
目の前の神はもはや止められず、人々は世界の終わりは近いと絶望する。
そんな中、勇気ある一人の若者が前に出て、神に許しを乞い始めた。
「申し訳ありません、神様。
我々は心を入れ替えます。
どうぞお許しください」
何の変哲もない、謝罪の言葉。
だが、きっと心からの言葉なのだろう。
男は土下座していた。
しかし神様は、信用できないとぎろりと睨みつける。
「言葉ならどうとでも言える」
「いいえ、今度こそ心を入れ替えます。
なにとぞご容赦を」
「神様、ご容赦を」
「お許しください」
男の言葉に続き、その場にいた人間すべてが、土下座する。
神様はその光景に満足し、怒りの矛を収める事にした。
「よかろう。
今回はコレで許してやる。
だが本当に許してほしければ、態度で示せ。
捧げものや酒を欠かすなよ」
「はは、これからは御神酒を欠かさないようにします。
ところで神様、酒の種類に希望はありますでしょうか?」
男の言葉に、神様は少しだけ考え、そしてこう言った。
「とりあえず生で」
誰かのためになるならば
仕事というのは、基本的には誰かのためにするもの。
自分が誰かのために働き、その誰かも誰かのために働き、その誰かも誰かのために働いている……
そしていつしか、誰かが自分のために働いてくれるのだ。
そうやって社会は廻っている。
●
しかし、必要だが誰もやりたがらない仕事がある。
そんな仕事は、必然的に人は集まらない。
普通は派遣会社に頼むが、それでも集まらない事がある
そんな時、お呼びがかかるのが、俺達探偵だ
というわけで、俺は助手を伴って、公園の掃除をしていた。
前日花火大会が有り、とんでもなくゴミで散らかっている。
広い範囲を人海戦術で行うため、たくさんの人間が集められた。
派遣会社にも声をかけたらしいが、人が十分集まらなかったらしく、俺達に依頼が来たということだ。
最初は、『この暑い中やりたくない』と思って、やんわりと断った。
しかし猫の手も借りたい状況だったらしい。
依頼料を奮発してくれるとのことで、快く引き受けた次第である。
そんな理由も有って、俺は勤労精神を発揮し、朝からゴミ拾いに勤しんでいた。
ところが……
「先生、これ探偵の仕事ですか?」
刺々しく俺に文句を言うのは助手だ。
コイツも依頼金に目がくらみ、付いてきたクチである。
買いたい物があり、金が必要なのだそうだ。
けれど思ったより暑くやる気が出ないのか、朝からブツブツ愚痴を言っていた。
それでもちゃんとゴミを拾うあたり、助手はマジメである。
「これ、便利屋の仕事ですよね。
探偵の仕事じゃない」
「仕事に貴賎はない。
誰かのためになるならば、法と倫理に触れない限り何でもするのが、探偵というものさ」
「そうかもしれませんが……」
頭ではわかっているけど、感情が理解できない。
そういった顔だ。
若いなあ。
「先生、私は難事件とか解決したくて探偵事務所に入ったんです
もっと探偵らしいことしましょうよ」
「そうは言ってもな。
ウチみたいな木っ端探偵事務所に難事件を依頼する人間なんていないよ。
せいぜい浮気調査くらいさ」
「……他の事務所に移ろうかなあ」
「やめて!
報酬上乗せするから!」
助手には主に事務仕事を任せているのだ。
もし助手がいなくなったら、地獄の事務仕事を俺がしないといけなくなる。
それは避けたい。
助手がその気になる前に、話を変えよう。
「それにしても拾っても拾ってもゴミが無くならない……
祭りの後とはいえ、これだけ散らかるのも凄いな」
「ゴミを捨てる人は何を考えているんでしょう?
むしろゴミを捨てる人間を攫って処分すれば、コスパがいいのでは?」
「物騒なことを言うのはやめなさい……
ん?」
俺達の進行方向から、缶が転がる音が聞こえる。
音の方向に目線を向けると、チャラチャラした男がベンチに座って缶ビールを飲んでいた。
しばらく見ていると、チャラ男はビールを飲み干し、空になったビール缶を投げ捨てる。
「あんにゃろー。
私たちがゴミ拾いしてる前で、ポイ捨てだと!?
ゆ゛る゛さ゛ん゛」
「待て、ステイ、ステイだ。
殴りかかろうとするな」
「止めないでください。
仕事を増やすやつは殺す」
「落ち着けっての」
「ああん」
チャラい男が騒ぎに気づいたのか、こっちを見る。
「あー、ゴミ拾いご苦労っす。
てことでホイ」
チャラ男は、新しく飲み干した缶ビールを投げ捨てる。
「ついでに回収しけよ。
ゴミ拾いなんだから」
俺達は唖然とした。
酔っているとはいえ、常識ある人間の行為ではない。
一瞬自分の中に怒りが巻き起こるが、なんとか抑える。
ここで激昂しても、なんの儲けにもならないからだ。
俺、そう思って受け流すが、助手は違ったらしい。
「舐めやがって」
助手が一歩前に踏み出す。
この暑さのせいで、怒りのリミッターが壊れたよいだ。
いつものクールな助手よ、戻ってきてくれ。
「あの野郎、社会のゴミとして回収してやる」
「やめろ、酔っ払いの言うことを真に受けんな」
「ああ、ゴミだって言うなよ。
傷つくだろ
クレームつけるぞ、ガハハ」
「お前もいらんこと言うな」
チャラ男の言葉に、助手が更にヒートアップする。
「先生、あいつを許すって言うのですか。
情けは人の為ならず。
ここでブチのめしたほうが、世のため人のためになります」
「やめろって言ってるだろ」
「はっ、ゴミ拾いサボんなよ。
そうだ、動画撮ってやろ」
そう言って、新たに飲み干した缶ビールを投げ捨てる。
スマホを操作するのに邪魔なのだろう。
しかし、チャラ男はスマホを取り出すことができなかった。
「君、ちょっといいかな」
「なんだよ、今いいところなんだよ」
「ほらこっち向いて」
「しつこいぞ、殺してやろ……うか?」
チャラ男が振り返った先、そこにはお巡りさんがいた。
パトロール中の警察官が騒ぎを聞きつけて来たのだろう。
正直助かった。
「スイマセン、お巡りさん。
さっきの『殺す』っていうの冗談で……へへ」
「ああ、分かっているよ。
気にしてはないさ」
酔って常識を失ったチャラ男も、さすがに警察官に逆らってはいけないことは覚えているらしい。
啖呵も、勢いがなくなっている。
対してお巡りさんは、よくあることなのか、チャラ男の暴言にも笑顔だった。
助手とは大違いだ。
「じゃ、じゃあ俺は忙しいのでコレで……」
「待ちなさい」
チャラ男が立ち去ろうとするが、警察官はそれを制止する。
「あの、なんスカ」
「君、これ読める?」
その場にいた全員が、警察官が指差す先をみる。
そしてそこにあったのは『ポイ捨て禁止』の看板。
『五年以下の懲役もしくは1千万の罰金が課されます』と書かれている。
再び一同が、警察官の方を見ると、警察官は満面の笑みを浮かべていた。
「話は署で聞こうか」
あれよあれよと言う間に、パトカーに詰め込まれるチャラ男。
見事な職人芸に、俺達は見ているだけしか出来なかった。
「では本管はこれで失礼します。
お仕事頑張ってください」
そしてあっと言う間に去っていくパトカー。
これから、チャラ男は警察官に執拗な取り調べを受けるのだろう……
それを想像すると俺は……
ざまあみろと、清々しい気分になる。
俺がいい気分でいると助手が口を開いた。
「警察官に転職しようかな。
犯人ボコれそう」
「やめなさい
ほら、ゴミ拾い続けるぞ」
「はーい」
ゴミ拾いを再開しようとした、まさにその時。
「あの」
後ろから声をかけられる。
助手と一緒に振り向くと、そこには幼い男の子がいた。
「ゴミ拾い、お疲れ様です」
「え、うん。どういたしまして?」
「手を出して」
男の子の言葉を不思議に思いつつ、俺たちは手を出す。
「これどーぞ」
男の子が、俺達の手の上に飴を置く。
「公園をキレイにしてくれてありがとう。
お仕事頑張ってください」
そう言って男の子は、母親と思わしき女性に走り、そのまま一緒に立ち去った。
「褒められちゃいましたね」
「ああ」
「人類があの子みたいだったら良かったのに」
「全くだ」
「そしてチャラ男は滅べ」
「全くだ」
助手と少し笑い合った後、もらった飴を口に含み、ゴミ拾いを再開する。
「それじゃ、張り切ってお仕事しますか」
●
仕事というのは、基本的には誰かのためにするもの。
自分が誰かのために働き、その誰かも誰かのために働き、その誰かも誰かのために働いている……
そしていつしか、男の子が俺達に飴をくれるのだ。
飴を貰った俺達は、再び誰かのために働く
そうやって社会は廻っている。
今、私が住んでいるアパートは、ペット禁止だ。
理由はアパートのオーナーが生き物をが嫌いだからと、契約時に聞かされた。
予算と駅へのアクセスの都合によりはこの部屋に決めた。
本当はペットを飼いたかったけれど、泣く泣く断念。
なかなかうまい話はないものだ。
とはいえ、それ以外に不満なことは無い。
静かだし、部屋はきれいだし、家賃は安い。
職場へのアクセスも良好。
デパートにも近いと来てる。
本当に『ペット禁止』以外は文句のつけようがない。
だけど、この部屋に越してからペットを飼いたい衝動は増すばかり……
されど、この居心地のよい部屋を手放すのも惜しい……
すさまじいジレンマ。
どうにかしてこの二つの命題を解決できないだろうか……
そこで私は妙案を考えた。
ペットを飼っているという設定で、生活すればいいのだ。
エアペットというやつである。
これならばペットを飼うことが出来て、かつこの部屋に住み続けることが出来る。
もはや末期であるという自覚はあったが、もう止まれない。
私はエアペットを飼うことに決めたのだ。
思い立ってすぐ、私はホームセンターへ行く。
とくにエアペットの種類は決めていない。
とりあえずホームセンターで物色して、それから決めようと思ったからだ。
犬にするか、猫にするか……
私がペット用品の商品棚で悩んでいると、見切り品コーナーの鳥かごが目につく。
鳥かごは、見切り品だけあって、お値打ち価格。
デザインも、実に私好み。
私はコレを買うことに決め、エアペットもエアインコを飼うことにした。
私はホームセンターから戻り、鳥かごをリビングの目につくところに置く。
殺風景だったリビングも、鳥かごを置くだけで随分と華やかになる。
私はウキウキしながら、その日は寝た……
それから私は変わった。
仕事にもやる気がみなぎるようになり、私生活はうまくいくようになった。
今までのペットを飼いたいと言う衝動も、エアインコを飼うことで解消された。
やはりペットはいいものだ。
人生を豊かにする。
でもエアインコは、本当のインコの様に鳴きはしない。
けど、それに何の問題があるだろうか?
そこにいるだけで十分なのだ。
偽物のインコだったとしても、私は幸せだった。
しかしそれも長くは続かなかった。
アパートのオーナーが突然やってきたのである。
私が規約に反し、ペットを飼っていると言うのだ。
どうしてそう思ったのかは知らないが、酷い言いがかりだ。
なぜなら私はペットを飼っていないから。
幾ばくかの言い争いの後、私は身の潔白を証明する手段として、オーナーを部屋の中に招き入れた。
オーナーは鼻息荒く、部屋に入り込む。
玄関廊下台所と、オーナーは痕跡一つ見逃すまいと探索する。
無駄だと言うのに、熱心なことである。
さぞペットが憎いのだろう。
そうこうするうちに、オーナーはリビングに入り込む。
そしてリビングに入るや否や、オーナーは勝ち誇ったような顔をする。
コレが証拠だと言わんばかりに、鳥かごを指さす。
どうやらこれがペットを飼っている証拠だと言うつもりらしい。
しかし片腹痛い。
その鳥かごの中に何もいないと言うのに、何が証拠だと言うのか!
私は反論する。
その鳥かごは買ったままの新品の様に綺麗だろう?と……
生き物がいないから、汚れようが無いのだ。
そして若干の埃が被っているのも決め手だ。
なにせ飼っているのはエアインコなので、埃が舞わないのだ。
私の言葉を聞いて、オーナーは驚愕する。。
そしてオーナーは叫ぶ。
『ならなぜここに鳥かごがあるのか』と……
確かに当然と言えば当然である。
普通、鳥も飼いもしないのに鳥かごなんて飼わないからだ。
だから私は言ってやった。
エアインコだと。
ペットは禁止だろうが、エアペットまでは禁止されていないだろう、と
その時のオーナーの顔は傑作であった。
口をだらしなく開き、目は驚愕で見開いていた。
それも仕方あるまい。
なにせ自信満々で来たのに、ペットを飼っていないことが確定したのだから。
私がいい気分で、勝ち誇ったのも束の間。
急にオーナーが挙動不審な事に気づく。
なにかに怯えているような、そんな様子である。
私はあたりを見回すが、特にこれと言って何かがあるわけではない。
不審物を探すため見回していると、玄関からバタンとドアが閉まる音が聞こえる。
どうやらオーナーは出ていったようだ
なんてオーナーだ。
人として、あるまじき行為だ。
人を疑って、それが間違いが判明したにもかかわらず、謝りもしない。
そして帰るときにも、一言も言わず去る。
ありえない!
こうしてはいられない。
こんなオーナーのアパートにはこれ以上住めない。
引っ越さなければいけない。
私がパソコンで、調べようとした瞬間、ドアの呼び鈴がなる。
なにかと思って出てみれば、オーナーが菓子折りとお金を持って、ドアの前に立っていた。
オーナーは言う、『これを黙って受けとって、すぐに引っ越してほしい』と……
文句を言ってやろうとも思ったが、お金の入った封筒が結構厚い事に気づき、私は快く快諾する。
これだけあれば、引っ越し代や敷金礼金を払っても、おつりがくるだろう。
便利な場所を捨てるには惜しいが、これだけのお金を貰えば逆に得した気分だ
まだ給料には不安が残るので、次もペット禁止のアパートになるだろうが仕方あるまい。
新しいアパートで友人関係を構築しないといけないが、不安はない。
私には、エアペットのエアインコがいるからだ。
この子さえいれば、どんな場所であろうとも楽しいものになるだろう
そうだ。
せっかくだからエアペットを増やすのもいいかもしれない。
そうすれば留守番の時も、寂しくないだろう
次はエアわんこでも飼おうかな
2024年某日 地球上空。
そこに不気味に漂う物体があった。
UFOである。
彼らの目的は何か。
それは地球侵略である。
彼らは枯渇した貴重な鉱物資源を求め、地球に狙いを定めたのだ。
今日もUFOでは、地球侵略のための会議が行われていた。
綺麗に整列された宇宙人の前に、貫禄がある宇宙人がやって来る。
このUFOの船長――つまりボスである。
彼はこの地球侵略が成功すれば、さらなる昇進が約束されていた。
それゆえにこのUFO内のどの宇宙人よりも、やる気に満ちていた。
ボスは集まった宇宙人をゆっくり見回しながら、言葉を発する。
「では諸君、時間になったので始めよう。
我々は地球侵略のため、かねてより進めていた地球人の調査の結果が出た。
博士、前に出てくれ」
「はい」
博士と呼ばれた宇宙人が、列の前に歩み出る。
彼は若いながらも分析班の班長であり、かねてよりボスの命令で地球の研究をしていた。
「それでは、我々分析班の報告をさせていただきます。
調査結果を分析した結果、我々は『地球侵略は不可能』と結論しました」
「なに!?」
「何かの間違いだ!」
「そんなはずは……」
宇宙人から同様の声が漏れ始める。
だれも想像だにしなかった結論だったからだ。
そしてそれはボスにとっても同様であった。
「どういうことだ。
地球と我々の技術差は歴然。
このまま攻め込んでも蹂躙できるはず。
調査も念のためにしているにすぎん!」
「はい、ボス。
それを今から説明いたします」
ボスが怒気を含みながら、博士を問い詰める。
しかし博士は少しも怯えず、淡々と説明する。
「先行調査で報告された、『地球人には、我々にはない友情という概念を持っている』を覚えていますか?」
「うむ、そういう報告があったのは覚えている。
しかし、『アレは弱者のなれ合い』と言うことで結論されたのではなかったか?」
「その通りです、ボス。
あの時点では、そう結論付けられました。
ですが調査を進めて、驚くべき事実が判明しました」
「ほう、なんだ」
「地球人は、深い友情で結ばれたものは『合体技』なるものを使えるようになるのです」
「がったい……わざ……?」
ボスは、理解できないとばかりに、オウム返しに言葉を返す。
そしてボス以外も、他の宇宙人たちは聞きなれない言葉に首を傾げていた。
「その、なんだ。
合体技というのは?」
「友情の深まった地球人が二人以上集まると使う事の出来る、不可能を可能にする現象です」
「よく分からんな」
「具体例を示しましょう。
仮に地球人の現存兵器では、傷すらつけられない生物がいたとしましょう。
普通なら為す術もありません。
しかし合体技を使えるものがいれば、打ち勝つ可能性が出てくるのです。
この合体技を我々に向けられれば、被害は少なくないでしょう……」
UFO内でざわめきが起こる。
今まで何の障害にもならないと思われた地球侵略に、大きな不安要素が出てきたからだ。
「なるほど。
これは地球侵略を行うに当たって、大きな障害になるな……
しかし不可能とまで断じるのは無理がないか?」
「ボスの言う通りです。
合体技だけだったら、不可能とは判断しませんでした」
「まだあるのか?」
「はい」
博士は持っていた報告書をめくる。
「友情が深まると、合体技のほかに『身体能力の向上』『限定的なテレパシー能力』『卓越した連携技能』『トレーニング効果の向上』……」
「いろいろあるのか……」
「これら一つ一つの影響は小さいですが、全てが積み重なると無視できなくなります。
そしてこれが重要なのですが、『戦いの中で友情イベントが発生すると、その戦いに勝利する』というものです」
「友情イベント?
なんだそれは?」
「色々なパターンがあるのですが、簡単に言えば『お互いの友情を確かめ合い、さらに友情を深める』ことです」
「よく分からんが……
これは絶対に勝つのか?」
「絶対とまではいきませんが、我々が確認したパターンでは、ほとんどの場合が当てはまります」
「ううむ」
ボスは腕を組んで、考え始めた。
最初は楽な仕事だと思って進めた地球侵略……
ここにきて新情報が出てきて、危険度が跳ね上がってしまった。
ボスは自らの地位のため、今後の計画を考え直す必要が出てきた。
ボスは考える。
このまま進めて成功しても、もし被害が多ければ自分の責任を問われるだろう。
しかし、引き下がっても臆病者呼ばわりされるだけ……
ここまま進める……
それとも撤退か……
ボスは重要な決断を迫られていた。
「ボス、この件について提案があります」
「言ってみろ」
「我々分析班も、地球に派遣してください」
「なぜだ?」
「正直に言えば、我々分析班は、調査班の報告に懐疑的です。
いくら新しく発見された生物とはいえ、意味不明過ぎます。
それならば自分たちの目で確かめたいと思います。
それに現地に行く事で、分かる事も多いでしょう」
「ふむ、確かにな。
いいだろう、行ってこい」
「ありがとうございます」
博士は、ボスに対し恭しく礼をして、その場から立ち去るのであった
◆
博士は会議の後、まっすぐ分析班の研究室に戻る。
会議の結果を報告するためである。
博士が部屋に入ると、分析班のメンバー全員から視線を向けられた。
彼らは沈黙し、自分たちの班長の言葉を、待ちわびていた。
「諸君……
地球に派遣されることが決まった。
早く準備をしたまえ」
「「「いやっほおぉぉぉ」」」
部屋の中で待機した宇宙人たちは例外なく、喜びの雄たけびを上げる。
彼らは、地球への派遣の準備をするため、我先へと自室へ戻っていった。
分析班のメンバーは地球に赴きたかったのだ。
事の発端は、地球に赴いた調査班から、地球人たちの
色々な娯楽品が入っており、分析班は大いに興味をそそられた。
その中でも特に興味を惹かれたのが、ゲーム類である。
彼らは、自分たちの文化になかったゲームに嵌まり、いつしか地球に行きたいと思うようになったのだ。
博士に、ボスを騙したつもりは毛頭ない。
ただ話した内容は、地球の事ではなく、地球のゲームの話だっただけである。
もちろん十分に分析した結果なので、嘘ではない。
飛び出していった部下たちを見送り、博士は部屋で一人呟く。
「地球人は滅ぼすには勿体ない。
手を組むだけの価値がある」
もし手を組むことが出来れば、お互いに大きな恩恵を得ることが出来る。
そうすれば、誰も見たことがないいゲームを作る事も可能だろう。
しかし言葉で言うほど簡単ではない。
異なる文化が手を取り合う。
それはいばらの道だ。
しかし――
「それでも、我々は成し遂げる。
我々と地球人との、『合体技』でな」