空白
隊長は有名人である
世界を何度も救った
あの人がいなければ世界はとっくに終わっていた
世界中どころか別の世界にも名前を轟かせる凄い人だ
未来にだって語り継がれていくのだろう
でもあの人は過去を誰も知らない
旅の始まりは有名だ
初陣の話を知らないやつはいない
でもその前
旅に出る前の姿
どこの出身だとか家族だとか
あるべきはずのルーツが空白なのだ
これだけの有名人なのに
そのお零れをあずかろうとする親族が一人もいない
故郷の話も聞かない
滅ぼされた村は少なくないので
迂闊に踏み込めないというのはあるが
子供の頃の話を聞いても曖昧に微笑むだけ
謎が多いんだよなあの人
そこがまたかっこよかったりするんだが
知らなくていいことというのは案外多い
例えばお姫様の想い人とか
例えばやりて商人の過去の通り名だとか
例えば英雄の過去だとか
名前というものは親という人からもらうものらしいと
都にきて初めて知った
呼ばれたことはなかったので
必要だと思ったこともなかった
今名乗っているのは名前を初めて求められた時に
あたりを見渡して唯一読めた文字の羅列だ
変な意味でなかったのは幸いである
最初の頃は呼ばれてもなかなか反応できずにいた
そのせいでぼーっとしていると評されたのは
遺憾の意を表明したい
未だに書類のサインなどを求められると
一度ペンが止まる
何百回と書いた名前
誰もが知っている名前
皆から呼ばれる名前
嘘を書きながら思いを馳せる
本当は空白のままが正しいんだよ
そんなこと言えるはずもないのだけれど
【正しい名前】
ひとりきり
後は任せた
貴方に託す
先に行ってろあとから追いつく
よく言われる言葉
世界の危機だとか強大な敵と戦うときだとか
いつの間にやら仲間を置いて進むことになり
最後はひとりきりで立ち向かうことが多い
自分は強いと自負している
誰にも負けない自信もある
でも
それでも
最後まで共にいてほしいというのは
隣で一緒に戦ってほしいというのは
これほどまでに叶わぬ願いなのだろうか
ひとりでだって戦えるけれども
誰かに支えてもらいたいというのは
自分には過ぎたる願いなのだろうか
一人敵の屍の前にひとり佇む
今日もやっぱりひとりきりで勝てた
当然だ当然のことなのに
少しさみしいのは何故だろう
【あたり前の光景】
フィルター
戦いというフィルターにより背負っていたものが取り除かれていく
建前とか社会性とか期待とか幻想とか偶像とか
周囲から託されていたものが濾過されて
一番最後に残った偽りなき自分の気持ち
お前との決着を
英雄とか救世主とか反逆者とか
そんな肩書全部取っ払って
今ここにあるのは
ただお前に勝ちたいという自分の意思だけ
大義名分も何もない
勝ったところで何もない
ただ自分が納得したいだけの戦い
そこに他の意味などいらないのだと2人きりの今ならいえる
さあ共に燃え尽きるその時まで
命の限り踊り続けよう
【運命に決着を】
仲間になれなくて
助けてとそう言えたらよかったんだろう
でもそんなこと言う勇気がなかった
誰も彼もが自分に幻をみているその中で
情けない姿なぞ見せたくはなかった
プライドの問題だ見栄っ張りの自覚はある
だからこうなってしまったのだろう
引き返す余地はあった
帰る場所もあったはずだった
でも選べなかった
確かに同じ方向を向いていたはずの道は断絶し
結局は彼らの前に立ち塞がることを選んだ
後悔はしていない
自分で選んだのだこの道を
終わらせようさあ今幕を上げる
彼らが勝つか私が勝つかもうそれしかないのだ
【わかれみち】
雨と君
雨の日は家の中にいることにしている
庭から一番遠い部屋で音楽を聴きながら
読書やら掃除やらに没頭する
だってそうしなければ聞こえてしまう
雨の中で泣いている君の声が
ひとりでこっそり泣くことすらできない人
涙を雨と誤魔化せでもしないと泣けないなんて
ホントに意地っ張りでプライドが高いのだから
別に隠さなくてもいいのに
今更泣いたって喚いたって離れていかないのに
せめて隣で泣いてくれたら
手くらい握りしめてやれるのに
嗚呼いつまで雨の中、君をひとりにしてなきゃいけないんだ
【押し殺した声】