声が聞こえる
この古道具屋を始める少し前から、物の声が聞こえるようになった。物の気持ちが分かるとか、会話ができるとかそんな大層なことではない。時々、本当に時々、言葉が流れてくるように物の声が聞こえる。それを怖いと思ったことはない。ただ聞こえるだけで、良いことや悪いことがあるけではない。
長く使ってくれてありがとう。
手放さないで。
幸せだったよ。
また会おう。
置いていかないで。
感謝の声や別れを惜しむ声、泣き声に笑い声、再会を望む声、時には恨みの声もあるが、どれも物と使っていた人たちの思い出が奏でる声た。そして、物と人の歴史が終わる時に物がたどり着く、ここはそんな古道具屋。
今日も古めの万年筆がやってきた。
『僕はまだ使える。使える。使える。』
すっと声が聞こえる。小さな声で泣きながら呪文を唱えているようだ。長く使われ、存在し続ける物は付喪神になるらしいが、これでは妖怪になりかねない。周りに置かれた物たちも少し気にしているようだ。
こんな時こそ、店主である私の出番だ。
まずはお手入れをしよう。外見が綺麗になれば、気持ちが少しでも穏やかになれる。人も物も同じだ。それに、この古道具屋にたどり着いたのだから捨てられたのではない。捨てるとはゴミ箱にポイすることだ。万年筆を持って来たお婆さんも手放すのが寂しそうだった。
さあ、お手入れ開始だ。
まずは、万年筆のペン先を水に一晩浸す。
ペン先からインクが抜けたら、きちんと水分を乾いた布で拭き取りる。ペン先を本体に戻し、万年筆全体も乾拭きして出来上がりだ。お手入れしながら、『大丈夫。大丈夫。まだ使えるよ。次の人にも長く使ってもらいたいねぇ』なんて思いながら作業を進める。
そして、店の日当たりがよいショーケースに万年筆を置く。長く置くと日焼けしてしまうが、始めはポカポカして気持ちがいいはずだ。
カランカラン。
「いらっしゃいませ!」
「万年筆ありますか?」
さあ、君の出番だよ。
秋恋
秋と言えば食欲の秋。読書の秋。スポーツの秋。芸術の秋。行楽の秋。さまざな秋かある。夏の恋は、花火のようにパッと燃え上がりすぐに冷めてしまうが、秋の恋は長続きするらしい。
せっかく恋愛するなら長続きする方いい。
食欲の秋だから、恋人と美味しい物を食べれば心もお腹も満たされる。
読書の秋だから、それぞれが読んた本の感想を話したり秋の夜長はゆっくり2人で過ごせそう。
スポーツの秋だから、スポーツ観戦に出かけ好きなチームを応援することで連帯感が生まれ、また次のデートの約束ができそう。
芸術の秋だから、2人で美術館巡りなんて大人のデートも楽しめそう。
行楽の秋だから、お弁当を持って紅葉を見にハイキングに行くのもいいかもしれない。紅葉の季節になるたびに思い出される共通の話題となる。
秋は恋愛が長続きする要素がたくさんある季節なのかもしれない。
秋から始まる大人の恋愛をしてみたい。
大事にしたい
おばあちゃんが亡くなってからもう3ヶ月が経つ。おばあちゃんは魔法使いだったが、おじいちゃんと結婚して人間に馴染み過ぎてしまい魔法を使えなくなってしまった魔法使いだ。
おばあちゃんが亡くなったあとにおばあちゃんから螺鈿のネックレスをもらった。おばあちゃんの友人の話しによれば、おばあちゃんが若いころに暮らしていた妖怪の世界へ行くための鍵らしい。
いつか行きたい妖怪の世界。その世界を開ける鍵をおばあちゃんは私にくれた。お前も私の孫だから妖怪の端くれ、妖怪の世界を見て損はない。そんなおばあちゃんの声が聞こえるようだ。
この螺鈿のネックレスは、妖怪の世界から帰ってきても大事にしたい。おばあちゃんと私を繋ぐ唯一の物だし妖怪の端くれとしての私の証だ。
最近、猫又のチィちゃんの言葉が聞こえるような気がする。もちろん魔法なんて使えないし、箒にまたがっても空を飛べるわけでもない。でも、チィちゃんが言うには、チィちゃんが見える時点で私は妖怪としての素質があるらしい。
ん?妖怪の素質?ナニそれ?
たしかにおばあちゃん以外でチィちゃんをナデナデしていた人はいない。おじいちゃんもお父さんもお母さんもチィちゃんが見えてなかったのか。気がつかなかった。
いきなり妖怪の世界に行くのはハードルが高いから、まずは知り合いが欲しい。そう言えば、チィちゃんが妖怪専用のポストがあるから手紙を書けと言っていた。近いうちに手紙を投函しょう。
どんな妖怪さんから返事が来るかちよっと楽しみだ。
時間よ止まれ
地下へ続く階段を降り、土煙の中を進むと岩や土でできた城跡にたどり着く。キャンプとしている街をバイクで出てから3時間。やっとここまで来た。この城跡のどこかに時が止まった部屋があると言われている。何人もの考古学者が城跡の中を探したがいまだに見つけた人はいない。
時が止まった部屋がどこにあるか、どんな部屋なのか誰も知らないため、発見できれば世紀の大発見につながり、私は考古学の世界で名をはせることができる。
「博士!こっちに下へ降りられる階段があります。」
階段?誰も降りたことのない空間だ。階段は大きな岩を動かした下に入口があり、暗闇の底まで続いているようだった。
「降りてみましょう」
私のチームのリーダーが手にランプを持って階段を降り始め、私もその後を続く。
気持ちは早るが、足元が悪く降りて行くにも時間がかかり、ゆっくりとしか進めない。階段を降りて行くと部屋のような空間に着くが、ランプ1つだけでは全体の様子が掴めない。
「手分けして調査を始めましょう。何かあれば声をかけて下さい。ここが時が止まった部屋なのかもしれない。」
土でできた部屋はかなりの広さがあったが、人が生活していたような形跡はなく、ただ広い空間が広がっていた。
部屋の真ん中辺りに大きな岩があり、岩の中がくり抜かれていた。その穴の中には氷でできた箱のようなもので囲まれたバラの花が数本咲いていた。
ここは、水もない砂漠のような場所だ。こんな場所で植物は育たない。それにこのバラはいつからここにあるのだろう。バラは時が止まったように鮮やかな赤を讃え、みすみずしく生き生きと咲いていた。
「このバラが何か、ここにベースキャンプを置いて明日から調査を開始しましょう」
バラを中心にしてチームの隊員たちがテントを張ったり、調査の準備に取り掛かった。
あのバラは、水もないのになぜ枯れないのか。ずっと永遠にあのままの美しく姿で咲き続けるのか。あのバラを調べれば、永遠の美しさが手に入る。まだ誰も知らない何かがある。私だけが知ることのできる不老不死。そうだ。調査の始まる前にバラを持ち帰り私だけで調べてみればいい。
ああー
時間よ止まれ。私は不老不死を手にできる。私だけの魔法だ。
私はバラの氷の箱に手をかける。
そして時間が止まる。
心臓の鼓動も聞こえない。
花畑
私の国はこれと言った産業もなく国土のほとんとが山岳地帯と呼ばれる貧しい国だ。自慢があるとすれば、豊かな自然に育まれた綺麗で豊富な水があること。
そんな国だ。
水は至るとから湧いているので、青く透き通った池や民家の近くには井戸が多く、水を求めて動物や鳥もたくさん集まって来る。自分たちが食べる農作物を作るため、険しい山道を歩いて小さな農地へ向かうが、その途中で小さな小さな花が咲いているのを見つけた。
「こんなところにお花が咲いている」
妹はニコニコと嬉しそうに花に駆け寄っていった。
鬱蒼と茂る木々の間の小さなスペースに日の光が当たり、鳥が種を運んできたのだろうか、黄色の小さな花が咲いていた。
2、3輪の小さな花だか、この辺りでは花を見ることさえ珍しい。私たちにとってはこれでも立派な花畑だ。
「毎日見に来ようね。お姉ちゃん」
それから毎日、花畑の様子を見てから畑に通うよになった。1日中家事の手伝いや畑仕事に追われている私たちにとって小さな花畑は掛け替えのないものとなった。
でも、ささやかな幸せな時間は、水を求めて侵攻してきた隣国によって打ち砕かれてしまった。
空からはドローンの爆撃がやまず、地上では手に銃を持った隣国の兵士が次々とやつて来ては建物や畑を壊している。
私たちは住む場所を追われ、難民となり国を出なければならない。
私たちの国なのに。
私たちの家、畑なのに。
貧しい生活だったけど、そこには私たちだけの楽しい生活があった。
返して欲しい。
前と同じ暮らしを生活を返し欲しい。
どうして私たちだけが虐げられ、我慢を強要されるのか。
あの花畑はどうなってしまたのだろう。もう2度見ることの叶わない花畑を思い、ぬかるんだ道を裸足で歩き難民キャンプへ向かう。私たちはどうなってしまうのか。
誰にも分からない。
暗い道が続いているだけ。