花を咲かせた
作物も育てた
動物も、残っているものを育ててみた
育った木を使って小屋も建ててみた
「 」
名前を呼ぶ
仕えている王の名を
ただ
ただ虚しく声が響く
滅んでしまったこの世界で影は一つ
アーレントが為すことは全て意味がない
王もとうに民を救うため自身を代償にし、いない
もう誰もいない世界で一つ一つ遺体を埋葬して
彼らが寂しくないように花を咲かせる
アーレントはただ一人 空間を開き世界を移動する
足跡は一人分 ずっとずっと 続いていく
かららん…
扉が開いてベルが客人の来訪を報せる。
ここはHeart Of Rover(ハートオブローヴァ),
魔法使いであるアーレントが営むカフェだ。
「こんにちは、アーレント。
いつものコーヒーにミルクとシュガーを入れてくれるかな。」
きらりと光を反射する錦糸のような柔らかな髪をした店主に注文を伝える。
「ああ、こんにちは。いらっしゃい。今日は珍しい注文だね。」
いつもの注文とは違うことに気付いてくれた彼は冬の早朝に見える朝焼けのような薄い青色の瞳で私を捉える。
薄く紫や青のかかった銀髪は瞳と同じように儚げに輝く。
支払いを済ませて注文のドリンクが出来上がるまでが、私の一番楽しみにしていた時間だ。
何気ない日常で起きたことの会話、彼の持つ知識を聞いてみたり話している間に彼のまつ毛が長いことに気を向けたり…
もう分かるかもしれないけれど、私は彼に恋をしている。
人間の私と魔法使いの彼。
どうしたって同じ時を生きることができない恋。
この心を理解した時には横に立てないことを理解して、少しでも私の人生に彼を残したいと考えた。
だから、週に3・4回もコーヒーを買いに来てしまう。
愛しくて美しい彼と少しでも長く過ごしたくて、休日も店内でゆっくりとケーキを食べながら彼を見つめてしまう。
きっと彼も私の心に気づいてる。それでも何も言わないのは、人生の短い私への心配りなのかもしれない。
私はそれに甘えて、ほろ苦くあまいコーヒーを飲む。
「いつも、ありがとうね。“ ”ちゃん。
疲れた日はいつでもおいで、ケーキでも用意しておくから。」
どこまでも…どこまでも優しい魔法使い。
魔法なんて使わずとも私を宙へと舞い上がらせる。
私を見て、名前を呼んで、優しい言葉を私にくれる。
それでも私は貴方の横に立てない。
貴方を置いて行った人間の話を聞いたから、いつも貴方が嬉しそうに語る過去だから。この世界でない別の場所で、貴方が世界で一番愛した人。
寿命だけじゃない。貴方が愛した人に並ぶことなんて私はできないの。悔しい。寂しい。狂おしい。
恋しい。
愛してるものを語る貴方が好き。
他の魔法使いと無邪気に話す貴方が好き。
地域の人と話す時、人によって声色をほんのすこし変えたり気配りを忘れない貴方が好き。
店に足を運んだ私を見て、目尻を下げて優しく微笑んでくれる貴方が好き。
本当に好きなの。
でも貴方が持つ、愛の前では些細なことね。
とっても大事に持っている貴方の愛を崩すことは、私の好きな貴方を崩すのと変わりないものね。
おばあちゃんになっても、変わらずにいる貴方を見たいわ。
杖をついてでも行ってやるんだから。
貴方を好きな物好きな人間がいるってこと、しぬまで教えてあげるんだから!
だから貴方の中の短い時間を私に少し、分けてちょうだいね
ーとある人間の日記より
あなたとわたし
魔法使いと人間
顔が曇っていた
暖かな暖炉のはぜる音とカチャ、カチャと虚しく響くガラスの音
僕の執事は言った
「昔の仲間と飲む約束をしていたワインボトルを不注意で割ってしまった」と
よく晴れた星空を背に彼からはぽたぽたと雨が降る
拭ってあげられたならいいのに、それができない
僕の前で気丈に振る舞う人に出来ることは微笑んでそばにいることだけだから
僕の大事な人、温もりを分つ人
貴方から降る雨をいつか止ませることが出来ればいいのに
会いたい人がいる
いつもやわらかに笑う、春の朝みたいな空気を纏った人
名前を呼んで、手を引いて一緒に倒れ込んでカラカラと笑う
僕の光
その人は僕を月の光のようと云うから
お返しで太陽のような人と云う
いつも隣でしっかりと輝いてる人を見て、這いずってでも近くで支えたいと動ける僕がいる
会いたい、僕の太陽
貴方がいるから僕は歩き続ける、踏ん張っていられるんだ
鏡の中の自分は、現実の自分よりも上手く笑ってみせる
同じように笑おうとしても、顔が固まって笑えない。そんな時期があった。何をしても楽しくない。好きなもののはずなのに、楽しくない…
笑顔の練習をするために毎朝鏡を見る。
鏡の中では一人でしっかり笑っている自分がいた。
まだ時々失敗するけれど、最近は少しずつ笑えるようになった。
出かける前に鏡を見て、中に写る自分にいってきますを言う