『声が枯れるまで』
周りの声に紛れて、口だけを動かす。
顧問に怒られたくないし、
あいつを応援してない奴になりたくないから。
たった0.1秒の差だった。
学校の練習で負けたことがあっても、
大会では全て勝っていた。
当日のコンデションだって悪くなかったのに
それなのに、なんで…。
よりによって3年最後の大会で
わかってる。最後だからたくさん練習したんだろうなってことも、少し油断してた俺も。
あいつの勝ったと分かった時の顔が忘れられない。
咄嗟に見た顧問の顔、横で喜ぶ部員達。
観客席からあいつを見るのは始めてだ。
いつも俺がいたはずのスタート位置にあいつが立つ。
途中
『忘れたくても、忘れられない』
君のことを思い浮かべるだけで、
あの時の感情と後悔をそのまま連れてくる。
「いつか笑える日が来るよ」
なんていう慰めの言葉も、
聞かなくなって何年経つだろう。
この想いも風化するときが来るのだろうか。
出口の見えないトンネルを、
私はいつまでも歩き続けている。
『やわらかな光』
鼻に抜けるこの香りを、私は知っている。
唯一知っている花の香り。
刺すようだったあの光は、
緩やかに変化していたみたいだ。
どことなく、
太陽が優しくなったように感じる。
いつも煩く鳴いていた蝉の音を、
私はもう思い出せない。
隣で目を擦っている君は、
瞳が潤んで、瞼が少し赤い。
季節の変わり目を、
私たちは知っているようで知らない。
『鋭い眼差し』
佳奈ちゃん。
僕は、4年前のあの日から君が好きだ。
囚われて、見世物にされてたあの場所から、僕を連れ出してくれた。
君の、おはようと笑いかけてくれる顔が、名前を呼ぶ声が、僕は大好きなんだ。
君の幸せを誰よりも願っている。
君の泣いてる顔なんて見たくない。
涙を拭ってあげたい。
なんて、無理な話だよね。
僕は、君のことをずっと見てるよ。
君の話をずっと聞くよ。
それしか僕には出来ないから。
だから、笑って。
「おはよう〜、きょんちゃん」
良かった、昨日の顔が嘘みたいに元気な顔だ。
「昨日も、話聞いてくれてありがとね。」
「私、切り替えて頑張るよ。」
そうやって今日も、僕のために餌を入れてくれる。
ガラス越しの君が少しぼやけて見える。
「いっぱい食べてね〜、きょんちゃん。」
『子供のように』
最近、私は子供の頃の夢をは見るのでございます。あの頃の私は、おそらく、とても、扱いづらい子供でありました。
母親のことも、先生のことも、クラスメイトのことも、周りの人間全員を敵だと思っていましたから、友達なんて1人もいなかったのでございます。
今思えば、本当の敵は私自身だったのでございましょう。頑張れない私も、醜い私も、素直になれない私も、誰にも好かれない私も、私が愛すべきだったのでございます。
私が嫌いな私自身のことを誰が愛してくれましょうか。
私はこのことに気づくのが大分遅かったのです。
ああ、やっぱり、私は未熟者です。
それでも、私は、そんな未熟者を愛さなくてはならないのです。ええ、そうです、誰かに愛されるためにです。どうしても、私は誰かに愛されたいのでございます。