『力を込めて』
周りの生徒が帰っていくのをぼんやりと見つめる。
委員会で居残りの憂鬱を吹き飛ばすため、風を浴びようと窓を開けた。
見慣れた後ろ姿が目に入り、私は力を込めて叫んだ。
君はこっちを見て目を見開いたあと、真っ赤になって俯いた。君のことはどこにいても簡単に見つけられる。
数秒後、君は私の方を見上げ「知ってる!」と笑った。
君にしては珍しい大きな声に、感化されたのか校舎の3階からもう一度叫ぶ。
「愛してるーー!!!」
ある日の放課後の出来事。
『過ぎた日を想う』
ああ死ぬんだな。天井を背景に孫と娘の顔が見える。
病院の一室での出来事だ。
夫には先立たれ、10年。私は少し長生きしすぎた。
だいぶ待たせてしまった。毎回デートでも遅刻していたことを思い出す。あの時と変わらない。
僕も今来たとこだよ、そう言って笑うあなたが簡単に想像できる。走馬灯のように流れて来る記憶には、上手くいかないときも、泣いてるときも、笑ってるときも、大きな失敗をしたときも、全部、隣にあなたが居た。まだ死にたくない気持ちと同じくらい、いやもしかしたら、それ以上にあなたにもう一度会いたい。遅くなってごめんね。また笑って私を許してね。
『星座』
空を見上げると、オリオン座が見える。
私が唯一知ってる星座。星座を見ると思い出してしまう。彼と夜に散歩をするのが好きだった。
彼は色んな星座を知っていて、指をさしながら教えてくれた。彼はいつも指をさしてくれるけど、どの星を指してるのか分からなくて、適当に流していた。せめて彼の星座だけでも、ちゃんと覚えておけばよかったな。
『踊りませんか?』
私たちの学校は、体育祭の演技の中でフォークダンスがある。自由参加だから踊るのはほとんどがカップルだ。
つまり、そのダンスに誘うということが、告白と同義になる。まさに今、体育祭1週間前。この時期が絶好の機会という訳だ。誘う、誘われた、誘いたい、誘った、ここ最近はダンスの話で持ち切りだ。
「ねーね、桜はダンス誘われたりした?」
昼休み真っ只中。一緒にご飯を食べていた真菜が、まるで頭を覗いたかのように話しかけてきた。
「はぁ、される訳ないでしょ…、」
「えーーー、分かんないじゃーん!」
「てゆうか、誘う方もオーケーする方も、両方頭いかれてんだろ。」
「しかも、人前でダンスするなんて死んでも嫌だね。」
「相変わらず捻くれてんねー、そもそもダンスする相手なんていないくせにぃーもぐもぐ」
口に入れたまま喋るな。
「私は、こういうイベントに乗っかるやつが一番嫌いだ」
「つまんないのー」
「いいと思うけどね、私は!こういうイベントだからこそ勇気出して気持ち伝えられる人がいるんじゃん?」
「そんなちっぽけな気持ちなんだったら、一生内に秘めてろ」
教室の隅っこで食べてないとできない会話だ。こんなの陽キャさん達に聞かれたら、もうクラスで生きていけない。
「厳しー」
「でも私、桜のそういうとこ好きだな」
「チッ」
「まさかの舌打ち!」
「でもでもさ、私は誘われたいなー、だってもう最後の体育祭だよ?まさかラブキュン展開無しに、3年生になるとは…さすがに私にも春が来て良くない!?」
「もう秋ですけどー?」
「誰か誘ってくれたらなんかしてくれたりしないかなー」
「────じゃあ、私と踊る?」
「……は?」
「うそうそ」
「冗談にき──」
ガタガタ
「まーーなーーさん!」
「え、なに」
「俺と一緒にダンスを踊ってくれませんか?」
クラスの男子が現れた。突然。多分桜にとっては。
桜がこっちを見るけど、私にはどうすることも出来ない。だって私は、桜が誘われるのを知っていた。盗み聞きしてた訳では無いけど、男子たちの声がうるさかったから勝手に聞こえてきてしまったんだ。仕方がないだろう。
「………え、っと」
だからこっちを見るなって、あんなに誘われたいって言ってたじゃないか。喜べよ!相手だって、よく知らないけど別に悪くはないはず、たぶん。こんな昼休み真っ只中のクラスで、誘ってくるのを除けば、ほんとにそこ以外は、
「こいつさー、ずっと真菜さんのこと気になってたみたいで、ずっと相談されてたの」
「そーーなんだよ!」
「おい!余計なこと言うなよ。」
「………。」
「ご……めんなさい」
「突然だったし、いきなりダンスって言うのちょっと、」
「え、でもでも、こいつ良い奴だしさ。もう少しだけ、考えてもくれない?」
バシッ
「いて、」
「返事ありがとう、急だったのごめん」
「おい行くぞ」
突然やって来て、突然帰った。なんだあいつら。
高校生のノリまじわかんねー。
「はぁーーーーー、」
「なになになになにさっきの、」
「どゆこと、何まじで」
「誘われて良かったじゃーーーーん」
「バカ言うな、あんなん喜べるかい!とりあえず〜最後の体育祭だし〜ノリで言うか!っていうオーラ満載だったやん」
「それはまあ、うん、否めなくもない」
見るからにガチ感は無かった。断るのが最適解だったと思う。ほんとに。でも正直、あんなに誘われたいって言ってたから、ちょっとおっけーするかもと思ったのは言わないでおこう。
「あ!ねえねえ」
「────いいよ」
耳元で真菜が言う言葉の真意が分からなくて、聞き返す。
「?なにが、」
「だーかーら、」
「一緒に踊ってあげてもいいよって」
「………、は!?」
「そっちが言ったんじゃん」
おいまて、言ったよ確かに言ったよ。でもあれは、さっきの騒動でなかったことになったじゃん。
「そんな焦る〜〜?」
「2人して頭いかれたやつになろうよ。まあさすがに、体育祭では踊らないけどさ」
「ダンスに誘うって意味知ってるでしょ?それに応えるって言う意味も、」
知ってるから困惑してるんだろうが!!こんなイベントに乗っかって…、乗っかるだけならまだしも、さらに冗談にしようとしてたんだよ私は。私が大っ嫌いなやつに自分がなってんだぞ。
「ね!桜」
笑顔向けんな。
「だーーーー〜、もう!」
「好きだよ、真菜」
「…えっと、ガチの方で」
「──知ってる!」
お題『巡り会えたら』
君がよく行くというマックに行く。君はいない。君のストーリーによく上がってたサウナに行く。君はいない。君の部活の大会に行く。君はいない。君が好きだと言ってた本を買う。君はいない。君の最寄りの駅に行く。君はいない。君の家の前に行く。君はいない。君の部屋に入る。君はいない。君はどこにもいない。
鼻に抜けるお線香の香り。何度も来たはずのこの部屋から、君の匂いは無くなっていた。私は君の匂いをもう思い出すことが出来ない。前がぼやけて、頬が冷たい。いつの間にか泣いていた。
もう一度君に会いたい。
どうかもう一度だけ、君と巡り会えたら────