sumi

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3/26/2025, 6:42:05 AM

「紙袋の中の記憶」

仕事から早くに帰宅した父が、私に紙袋を手渡した。手に持ってみると、大きさの割に軽い。紙袋を一周するように結ばれた紅色のリボンが、紺色の紙袋を上品に彩っており、それもまた可愛らしかった。
「教え子から貰ったんだ」と父。かれこれ10年も前、父が持つクラスで中学生だった、ある一人の男子生徒からだそうだ。数年前、父は教師という職を離れ、趣味であった天文学と関わる職についていた。大人になった今、その男子生徒は山奥にある天文台にはるばると、今年の春に生まれたばかりの子供を連れて挨拶にやってきたという。
私は父に紙袋の中身を尋ねると「お前へのプレゼントなんだそうだ」と微笑んだ。
不思議だ。私は彼の事を知らなかった。父の勤めていた中学校には、小さい頃に何回か連れて行ってもらうことがあった。が、私はプレゼントを貰うような事をしたのだろうか。
紙袋のリボンをそっとほぐした。中から一冊の本と、ハンカチが出てきた。
ハンカチには私の名前のイニシャルが入っている。彼は私を知っているようだ。
「教え子がまだ学生だった頃、彼は体が弱くて入院してたんだ。それでパパは一度、お見舞いに病院を尋ねたことがある。一緒に行ったのを覚えてるかい?」
私は首を横に振った。
話をする父の記憶は、形を帯びて鮮明になってゆく。
話を聞く私の記憶は、紙袋の中に入ったまま、しっかりとリボンで閉じられているようだ。