可愛らしい浴衣を着て、小袖を靡かせている。いつもとは違い、髪型もお団子に結われている。
ひらひらと舞う様に歩く姿が金魚掬いの金魚の様で、手を伸ばせば伸ばす程、逃げてゆく様に感じる。
現に僕の隣にはいない。
彼女の隣はいつも別の誰かだった。
虚しい想いをするくらいなら、一度くらい遊びに誘ってみれば良かった。
今更悔やんだところで、後のまつりにしかならない。
今年もまた、一人虚しく味のついた氷を食らうのだ。
2024/07/29 #お祭り
「お客様は神様だろうが!」
耳をつんざいた。雷の様な荒々しい声が。
目の前の人は客というより化け物だ。ヤニ臭いよれたワイシャツ、シミの多い顔、おまけに頭は肌の色が多い。
ただ買いたいゲームの為にバイトを始めただけなのに、どうしてこんな目に遭っているのだろうか。
穏やかな昼下がりが一変し、地獄と化した。
いきなり、中年男性が異物混入を訴えたのだ。ぎゃあぎゃあと捲し立て、こちらが謝罪をしても尚、言葉のナイフが次々と刺さる。
周囲の人が味方などするわけがなく、半ば自暴自棄にあしらい、あの化け物にはなんとか帰っていただいた。
いい加減にして欲しい、お客様は神様なんていつの時代だ。今はカスハラだぞ、あんな態度。第一、神なんているわけがない。
はあ、と大きなため息を吐く。また一つ幸せが逃げていく。この最悪な口当たりを塗り替えるべく、コンビニへと体が進む。
スイーツか、スナックか。はたまたドリンクか。この際何でも良い。目についたものをなんとなく籠に入れてレジへ持って行く。
「全部で823円です。レジ袋は」
「いらないです。」
ぶっきらぼうだったと思う。店員は悪くないのに、当たってしまった。小銭を出す度に胸がチクチク痛む。
「...お客様、疲れていませんか?」
「あ、ああ、まあ...。」
「でしたら、サービスです。」
そういって割引券を小銭やレシートと共に俺の手に乗せる。店員は言った。
「次回以降からご利用できます。待っていますね。」
明日も頑張れるかもしれない。
単純な俺の脳に舞い降りてきた結論。舞い降りて、繰り返している言葉。
神様はいるかもしれない。
そんなただの客の戯言。
2024/07/28 #神様が舞い降りてきて、こう言った
名前も顔も知らない貴方へ
貴方を救ってくれたものはありますか?
それが人であれ、物であれ、それは貴方にとって、とても大事なものになるはず。
小さなことでも良い。
歌でも、小説でも、映画でも。
部活動でも、休み時間でも、今使っている端末でも。それはきっと宝物のはず。
そして、もしかしたら、貴方の作品が誰かの救いになっているかもしれない。
貴方の独り言が、貴方の世界が誰かを救っているかも。
そう考えると何とも言えない気持ちになる。
生み出す苦悩がある人もいるかもしれない。
でも誰かのためになるならば、ほんの少し、ほんの少しだけ頑張れると私は思う。
まだこのアプリを入れて少ししか経っていないけれど、読んでくれた貴方がたの感想はお気に入りで届いています。
誰かのためになるならば、私は生み出す手を止めない。
2024/07/26 #誰かのためになるならば
私は思考をする必要がない。
服も、食事も、進路も、身の回りの物事全て家族がどうにかしてくれる。
私は誰かのパペット人形だ。
苦痛ではない。
部屋の隅で小さな命が動く。いつだったか、友人がペットを飼っていると聞き、羨ましがった私が強請って、我が家でも飼い始めた黄色のインコが可愛らしく鳴く。
私もこの子と似たような生活だ。籠の中で餌を待ち、籠の中で悠々と息をする。
そう思うと何故か途端に自分が惨めで可哀想に見えてくる。
この子が籠を出て、空を羽ばたく姿を想像する。
自分自身がいつか羽ばたくことを夢に見る。
籠には羽一つだけが残っていた。
鍵が脆かったのだろう。あの子は自由になった。
何だか狡いなと私の中で気持ちの悪い感情が渦巻く。いや、私も羽ばたける。来月から一人暮らしなのだ。あの時の不快さも、全部どうにかなる。
そう思っていた。
苦痛だ。全部、全部嫌になる。今まで他の人がやってくれたのに!
いきなり支えてくれた糸を切られて自立なんて出来るわけがない。おかしい。
私は今の今まで自分から動いたのか。
否。
あの鳥は羽ばたけたのに。
私だけが、私の羽は未完成で。
肝心の家族からはいきなり拒絶されて、身なりを整える術もまともに学んでいない私に友人や恋人が出来るわけもなく。
こんな事なら一生籠の中のままでいいのに。
部屋の隅で無価値な命が動く。
窓の外では黄色のインコにハエが集っていた。
2024/07/26 #鳥かご