心の中に広がる巨大な迷路。
一度迷い込んだら、長い間迷い続ける。
出口はどこにあるのだろうか?
行き止まりが多く、なかなか前へ進めない。
飛び越えようとしても、下から行こうとしても、壊そうとしても、巨大で丈夫な壁だから進めなかった。
……進めなくなってから何日経つだろう?
まだ迷路の中で、迷い続けている。
ふと上を見上げると、光と共に手が出てきて、差し伸べてくれた。
手を掴もうと、上に向かって手を伸ばす。
ガシッ!と力強く掴むと、そのまま引っ張りあげてくれて、迷路から脱出することが出来た。
「助けてくれてありがとう」
改めて、友達というのは大切な存在だと感じた。
我が家の汚れた台所とは不釣り合いの二つの綺麗なティーカップ。
妻が近所の人から貰ったらしい。
「早速このティーカップでコーヒー飲む?」
「ああ、そうしよう」
本当なら、このティーカップに相応しいコーヒーを入れたいところだが、我が家にはない。
妻はティーカップに粒状のインスタントコーヒーを入れ、お湯を入れてかき混ぜる。
インスタントと言われなければ、喫茶店に出てくるコーヒーと瓜二つだ。
ティーカップの持ち手を掴み、口へ運び、コーヒーを一口飲む。
いつも飲んでいるインスタントコーヒーだが、ティーカップ効果なのか、美味しく感じる。
「ティーカップで飲むコーヒーは美味しいわね」
妻も、俺と同じ感想らしい。
「ああ、美味いな」
いつもならすぐに飲んでしまうコーヒーだが、俺達は時間を掛けて、ゆっくりと味わった。
無駄に広くて、陽当たりのいいリビング。
最近一人暮らしを始めたが、やはり一人だと寂しく感じてしまう。
そこで、思い切って人型アンドロイドを買ったのだが……。
「ゴシュジン、センタクモノガオワリマシタ。コンヤハ、ナニガタベタイデスカ?」
購入したアンドロイドには感情がなく、ロボットのように喋る。
……感情キットも購入するべきだった。
口調がロボロボしくて、寂しさから虚しさへと変わっていく。
でも、感情キット高いんだよなぁ……。
ロボットより生身の人間のほうがいいのかもしれない。
「はあ……」
思わず、溜め息が出てしまう。
「ゴシュジン、ゲンキダシテ」
ロボロボしい口調で励ましてくれるアンドロイド。
感情はなくても、励ましの言葉が、すごく嬉しかった。
真っ直ぐに引かれた真っ赤な線。
これは、私の心の境界線だ。
心を許した者にしか、この境界線を越えられない。
今まで何人か越えてこようと近づいてきたけど、下心ある人や信用出来ない人ばかりで、すぐに追い出している。
いつになったら、境界線を越える人が現れるのだろう?
「理想が高過ぎるのよ。あんたは」
お母さんが呆れた声で言った。
理想が高過ぎる……確かに、そうかもしれない。
私は気がつけばもう三十路。
結婚して、お母さんとお父さんに孫の顔を見せてあげたい。
もう一度、チャレンジしてみるか。
スマホを手に取り、マッチングアプリを起動した。
人通りが少ない道に落ちていた透明な羽根。
足跡のように、点々と落ちていた。
落ちている羽根を辿り、進んでいく。
行き着いた先にいたのは、泣いている天使。
「どうしたの?」と訪ねると、天使は肩を震わせながら「神様に捨てられて、帰りたくても飛べなくなっちゃった」と言う。
僕以外にも、地上に捨てられた天使がいたのか。
悲しい気持ちになったけど、次第に嬉しい気持ちが沸き上がってくる。
だって、仲間が出来たから。
「大丈夫。僕も、神様に捨てられたから。君は一人じゃないよ」
「う、うん……ありがと……」
天使が泣くたびに、白い羽根が抜け、透明な羽根になって落ちる。
僕は、励ますように天使の頭を撫でた。