【小さな命】
小さな命=こどもたちという繋がりがあり、やはり守るべきであるのは言うまでもない。
私たち大人もかつては小さな命であったのだ。
なぜ大人になれば人は傲慢になっていくのであろうか。
命は平等である。私もそう思う。
小さな命は守られるべきである。私はそう思う。
だがそれは人間の中の話である。
虫となると話は変わってくるのだ。
夏になると私は深夜に蚊と戦う。
奴らは音も立てず忍び寄るくせに、耳元で壮大な羽の音を鳴らしていくのだ。
刺された後は腫れ、痒みを帯びるのだ。
この音は私の安眠の終わりを差す。
安心な寝室は危険な戦場と化すのである。
このような時、命は平等などと言っていられない。
蚊と話し合えれば良いが、奴らも命懸けなのである。
私も眠れなければ明日の生活にかかわる。
私の目は血眼になり、この身果てようとも戦う覚悟なのである。
蚊取り線香など意味はなく、いつの間にか現れ消えていく様は忍者と相違ない。
私は蚊ではなく忍者と戦っているのだ。
そう思うと気が引き締まるのである。
このように、命は平等であると述べるには私たちはいささか傲慢なのである。
自分の身が危うければ、前提を覆すことも厭わなくなる。
私の手で殺めてしまった命もある。
本当に済まないと思うが、私の身を守るためにはしようがないこともある。
もう少し寛大でいたいのだが、そうも言っていられないのだ。
世知辛い世の中である。
【太陽のような】
私が小中一緒だったあの子にはこの言葉が似合う。
いつも明るく、活発だった女の子である。
ポジティブでつらいことなどないといったようなものであった。
私が嫌なことがあり、ため息をついたときのこと。
「ため息ついたら幸せが逃げちゃうよ!」
などと私を励ましているのかよく分からないことを言ったりもした。
クラスの皆にも明るくフレンドリーであった。
嫌味や悪口を言うこともなく、いつも笑顔であった。
特段嫌な気持ちになったことはない。
むしろそんな彼女は皆から好かれていたように思う。
応援団や班長などもやっていた気がする。
根っからの太陽属ってやつである。
こんな子に出会う度、私は疑問に思う。
太陽のような人は、曇ったり雨になったりしないのだろうかと。
私のような人間は、曇って表情を読ませないようにするものである。
太陽は困ったり大変だったりしても太陽であるのだろうか。
私は彼女の曇った姿を知らない。
それも踏まえて、太陽のような人はすごいと私は思うのだ。
なりすましの太陽のような子とは違い、この子は本物であったのだ。
彼女とは高校が違ったので、それから先のことは知らない。
あの当時太陽のようだった少女は、今でも太陽のような輝きを放っているのだろうか。
彼女の周りには笑顔が咲いているように思う。
なにしろ名前も「あかりちゃん」であったからだ。
照らすには申し分ない名前である。
私の名前が「くもりちゃん」でなくてホッとする曇りの今日この頃である。
【0からの】
如何様な人生であれば0からやり直したいなどと思わないのだろうか。
私は0からでも人生をやり直したいと感じることがある。
そりゃあ土台無理なことは承知である。
人生に完璧を求めたところで、私はいつでも完璧とは思えない天邪鬼であるからだ。
0からの人生でも、過去のどの時代に生まれ変わっても私は今の年齢まで生きていられる気がしない。
現代よりもハードな過去に、早々にリタイアに至ると推察する。
そう考えると、私の0からでも人生をやり直したいという野望はポッと消えて失くなる。
0でなくとも今生きているのだから、悔いなく生きれば良いのだ。
私が感じたこと、思ったことを心のなかで留めるだけではなく、人生へと転嫁せねばならぬ。
例えば断食のように腹持ちを空にすると、新しい発見があるようである。
つまり脳内をリセットし、私自身と対話を行うことで新たな側面に出逢うことができるのだろうか。
様々なしがらみから0になることで、私を再構築しようではないか。
手始めに明日の仕事を休むことから始めよう。
なんてことができれば気を病むことはないのだが。
【同情】
同情したところでではないか。
私の同情は一銭にもならないがいるか?
同情に価値はないし、甚だ傲慢にさえ感じるものだ。
同情をして自己満足に浸る人は多い。
何も解決はしないし、鬱陶しい助言なんかしてくるやつもいる。
“同じ情”になるの意味だが、違う人間なのに同じ情になるのは困難である。
『ちびまる子ちゃん』の永沢くんをイメージしてほしい。
永沢くんの家が火事になった。玉ねぎ頭の少年に同情できるだろうか?
私はできない。
彼に同情したところで燃えた家は戻ってこない。
私は正解はわからないが、少なくとも同情はしない。
まる子たちは自分たちができることは何かを考え、寄り添ったのである。
この光景は大人になった私たちにとって、見習うべき姿勢である。
ただ同情するだけならば誰にでも出来る。
大切なのはその先のどうするか?ではないだろうか。
無論どうでもいいことなら同情する。
私は私に対して同情することもある。
他人事のように考えた方が存外気持ちは楽になるのだ。
「まあこんな日もあるよね~」などと能天気なもう一人の私は私に同情し、励ます。
永沢くんに比べたら私は随分マシだなとたまに思うこともある。
玉ねぎ頭な上に家が火事とはつらいにも程があるであろう。
【枯葉】
枯葉に思い出はないので今日は真面目なことを書く。
いつも真面目なのは言うまでもないが、今日はより一層真面目である。
枯葉剤をご存知だろうか。
ビッグモーターの不祥事で、多少知名度があるかもしれない。
私にとっては過去でも現在でも枯葉剤といえばベトナム戦争で使用されたというイメージが強い。
ベトナムのゲリラ部隊に対抗するため、アメリカ軍が空から枯葉剤を撒き、木を枯らせるという戦略である。木々に隠れて、隠密的な攻め方をするベトナム兵に対抗するためだ。
つまり多数の人間の頭の上に枯葉剤が撒かれたのと同義である。
木を枯らせるほどのものに、人体に良い影響があるわけがない。
枯葉剤の影響で今でも被害を被っている人たちがベトナムに数多くいるのだ。
私が目にしたのは枯葉剤の影響から奇形と呼ばれる姿で生まれた子どもたちである。
私は映画が好きで、アメリカン・ニューシネマに一時期はまっていた。
アメリカン・ニューシネマは、アメリカでベトナム戦争時にムーブメントとなった映画の流行である。
ベトナム戦争はもちろん、ケネディ暗殺や政治の不振も相まって、若者のヒッピー化もムーブメントを後押ししたのだ。1960年後半~1970年代にかけてである。
このムーブメントの作品は暗い。
変わりようのない苦しみから、疎外から、足掻いている若者の姿を描いている。
明るい未来が描けないアメリカの若者たちの目線は、反体制に向けられる。
世界は平和に向かっていくはずなのだが、無意味な争いはなぜか?
ヒッピーたちはただラリって理想だけを語る奴らではあるのだが、たまには良いことを言うものだなと私は感じた。
第二次世界大戦が起きてもなお、世界を率いる立場を自負しているアメリカが戦争を起こしたのだ。
人は歴史から学ぶことはないのか?
原爆を落とした国は、ベトナムの地に枯葉剤を撒いた。
枯葉剤の人体的影響は調べられていなかったのかもしれないが、想像することはできなかったのだろうか。
人は考えることが出来るのに、この被害を想像することはできなかったのだろうか。
ベトナム戦争は本当に起きて避けることができなかった事象なのか。
人は過ちから学ぶ。
学ばない者は愚者である。
「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。」
「精神的に向上心のない者は馬鹿だ。」
私は単に学ばない者こそ馬鹿だと思う。
上に立つ者ほど馬鹿だと救いようがない。
馬鹿でも他人の意見を聞き入れたり、参考にできるならばそれは馬鹿ではない。
問題なのは自分が常に正しいと思い、愚かなことを命じる輩である。
周りはイエスマンしかおらず、こんな奴らはいつかは滅んでいく。いや、今すぐ滅びろ。
こんな人間のために犠牲になる人たちがいることを私は許せない。
人として愚かである人間は、総じて優れた部分を見出だすことはできないからである。
ちなみに私がアメリカン・ニューシネマで一番好きなのは『ディア・ハンター』である。
ベトナム戦争の悲惨さ、作品としての素晴らしさは言うまでもない。
鑑賞しきるには体力がいるが、観て損はなかろう。