お祭りなんて実際どうでもいい。
それよりも、私が口に出したものをそのまま実行にうつさないでくれるかな?
非常に腹が立ってるんだけど。
益々、疾患が悪化しそうなんだけど。
裏で何しているのか知らないけど、何かあって娘から色々聞いて腑に落ちなかった時は覚悟してよね。
何を吹き込まれているのか全く知らないけど、
知った時が時がとても楽しみだわ。
私は誰の味方でもない。
突き落とされたから。傷ついたから。
誰かのためになるならば、ね。
それはエゴ?
心の底から?
誰かのために何かできるなら実際行動している。
だけどね、
状況を変えてしまった今、
何ができるというの?
何かをどうした所で、
あー良かったね。
あの時はこうだったね。
って思い返す事はできる。
だけどね。
それで終わってしまうんだよ。
その先は今現在の各々の私生活、環境で、変わってしまうものなの。
少しでもこうしたら良くなるかも。
だから行動してみよう。
凄く良い事だと思うし、相手もそれで何か変わることができるのであれば、良い効果になると思う。
だけど、
私はそこまでの行動はしたくない。
何故?
過去に失敗した経験があるから。
それを改善したところであの頃は〜
に、戻らないから。
そこまで傷ついたし、何故か知らないけど全体に広まってるし、それでまた傷ついたし、
今でも記憶に残ってる。
いや、一生残り続けると思う。と言うか、
一生残るようにさせたんでしょ?
傷を大きくさせて。
雨?晴れ?
そんなの知ったこっちゃない。
雨降らせたかったら、私神でもなんでもないから、
他の人に頼んだら?
それよりも、この傷、
何とかしてくれるから広めさせたんでしょ?
早く修復させてよね。
止血処置どころの話じゃないからね。
鳥かごをしたって、鳥は苦しいし苦しむだけ。
だったら、自由に羽ばたかせてあげたほうが、鳥にとっては嬉しいだろう。
なんたって自由になれるし輝けるのだから。
それを補助してあげるのが、飼い主のつとめ(役目)であると思う。
鳥の場合だけどね。
友情
何が友情なのか、何が友情じゃないのかわからない。
信じる力を失っているから。
それだけ傷ついた代償は大きい。
ただ、友情というものはその人(友達)のことを話題にしなくても何かのきっかけでばったり会っても気軽に話ができる。
それが友情だと私は思う。
夏の風物詩といえば、
蛍、扇風機、風鈴、団扇、西瓜、夏の星空。
が私には浮かんでくる。
広々とした縁側に寝そべりながら、微風に包まれながら、星空を見る。
そんな光景に憧れる。
花火大会も始まるけれど、来月には花笠も始まりますね。
きっと花は咲いている頃でしょう。
また夏の花が輝き始めている事を遠くからそっと眺めています。
と言うか、
いつになったらそちらの病院からの診断書貰えるのでしょうかね。
忘れた では、済まされない問題ですからね。
あと、【青色の「彩」】の暖簾。
話題に出すのやめて貰えますか。
凄く不快。