鐘の音って、とても神秘的だと思う。
一点の曇りもなく響き渡るような、そんな感じ。
たまに、思うことがある。年齢を重ねていっても自分だけの色や空気を持っていられる人って、どれだけいるのかと。この先、純粋な気持ちや真心を大事にして、他人の気持ちに寄り添い、自分の思いを貫くことはできるのだろうかと。
未来のことは分からないし、変わらないものなんてどこにもないのかもしれないけれど、ないかもしれなくても私は人の努力や心を想像して、素直に尊敬できる人でいたい。
つらいことがあって、正しい努力の仕方が分からなくなって、何かに負けてしまいそうなときは透きとおる鐘の音を聞いて、始まりの心を、自分が大切にしたかった心を思い出そう。
つまらないことを楽しめる人が、実は一番すばらしいのではないかと思ったりする。
勉強でも、仕事でも、楽しいときもあれば、つまらないと思ってしまうことも時にはあるだろう。でも、やらなければならないときは取り組まなければならないし、逃げるわけにはいかない。つまらないと感じることに対してどれだけ自分のモチベーションを保って向き合えるか、それが大事なのだと思う。私は、つまらないことだとしても、それに良さを見つけて、つまらないを少しでも楽しさに変えられる人になっていきたい。自分の周りの人にもそう思ってもらえるように、まずは私が自分の気持ちや考え方を良い方向に変えたい。
目が覚めるまでに、眠ってから起きるまでに、様々なことが起こっている。世界のことはあまりにも多くて、大きくてどうしたらいいか分からない。自分がどう立ち向かったらいいのかも思いつかない。でも、世の中で起きる全てのことを知らなくてもいいと思った、この言葉を聞いて。
大切なものを守り続けようとすると、エネルギーがいる
だから本当に大切なものは少しでいい
自分にとって大切で守り続けたいものだけを大事にする。それは世界で起こることに対して無関心でいるということではない。自分が何を大切にするか、自分で決めていくことだ。
病室とは縁がない私は幸せだと思う。大きな病気や手術をしたことがないから。
でも、病院とは縁がある。定期的に毎日飲む薬をもらいに行く。それは私にとっては特別なことでもなんでもない。
時々考える。世の中は本当に不公平かもしれないなと。生まれる国も、両親も、環境も選べない。
病気を持って生まれる人もいれば、健康な人もいる。そんなことを考えていたときに、この言葉に出会った。
幸せな人は心に余裕がある
心に余裕があれば、
他人に優しくできる
優しくされた者は、幸せになれるかもしれない
幸せとはそうやって続いていくものなのだ
そうだ、自分を自分自身が大事にしよう。
幸せだと思えていない人は幸せにしたい、幸せな人は今よりもっと幸せにしたい。私は周りの人を笑顔にできる人でありたい、ずっと。
明日、もし晴れたら
大好きな人とひなたで他愛もない話をしたい。
明日、もし雨が降ったら
大好きな人と部屋の中で最近の楽しい話をしたい。
天気が変わっても、大切な人とのその日を大事にする。当たり前の毎日の本当の価値を忘れないようにする。