「ほんとうに、私でいいのですか?」
自信なさげに僕に上目遣いで聞いてくる君。
「当たり前でしょう?僕が貴方がいいのです」
そう返すと嬉しそうに頬を緩める。あぁ、本当に愛おしいな。そう心から思った。
「でも、私貴方に何ひとつも返せるものがないのです。いつも助けてもらってばかり」
自信がなくて、いつも下を向いている君は知らないんだろう。どれだけ世間から君が評価されているか。僕が苦労して君を手に入れたことを。
美しさも地位も名誉も器量もすべてを兼ね揃えている淑女と騒がれている彼女に僕は言う。
「いつも言っているでしょう?僕は君がそばにいなきゃ生きていけないのです。君が僕にやらなきゃいけないことは一つ、僕より先に死なないこと」
「でも……私は貴方に助けられてばかりは、嫌なのです」
潤んだ瞳に睨みつけられ気付いた。彼女は僕の助けになりたいと、自分が彼女から愛されていることを理解していなかった。
「…でも君は」
僕にもう、愛というものをくれたじゃないか。
そんな言葉を遮り彼女は口を開く。
「私は弱いです。でも、貴方のことが私だって大切なのです。貴方を好きになったあの日から、何よりも貴方はわたしのかけがえのない存在です」
まっすぐ僕の目を見て伝えてくれる彼女にやっぱり僕はときめいてしまう。彼女を弱いなんて思ったことはない。むしろ誰よりも強いだろう。
君は何があっても大切なものを守り抜くのだから。
「僕は君にもう、本当にたくさんの感情を教えてもらったんだよ。人の心がなかった僕に、愛という感情も嫉妬と言う感情も君がいなきゃ一生しれないままだったんだ」
「貴方が人の心を持っていないわけ無いでしょう」
「……っ」
あぁ…本当に心が歓喜で震えた。たった一言、そうやって君はまた僕の心を揺さぶる。そんな人が僕を愛してくれていること。
「ですから、言いたいことはそういうのではなくて、私と貴方二人で!守り支え合いたいのです。たとえ家族が増えても幸せにし合いたいのです」
たとえ彼女を選んだことを誰かに間違えだったと言われても、自身を持って僕は答えられる。僕が選んだこの道は、光り輝いているばかりではないけれど、それでも大切な人が大切にしてくれる道だったよ。
数十年後、僕らは笑い合っていった。今も昔も幸せに溢れていると。
#たとえ間違えだったとしても
屋上の扉を開けると花曇りの空が広がっている。
そこにぽつんと一人の生徒が立っていた。
彼女は目をつむり雨の中傘もささず上を見上げていた。それが何故か妙に美しくて哀しかった。
「……ねぇ、風邪引いちゃうよ?」
まるでいつの間にか消えてしまいそうな彼女にぼくは思わず声をかけた。
すると彼女ははっと目を見ひらいた。
「……大丈夫、です。」
明らかに拒絶された。でもなぜかほうっておいてはだめだと僕の脳内が警告する。
「ぼくもそこにいってもいい?」
思わず繋ぎ止めたくて、意味がわからない言葉が出た。彼女もキョトンとしている。
「なんで?」
「……雨…雨がやまないから?」
疑問形になってしまった。あまり話したことがないのにこんなことを言われてきっと戸惑うだろう。ぼくも戸惑っている。どうしたらいいんだろう、この空気。
「……っふっ…ふふ」
絶妙な空気を破ったのは彼女からだった。
思わずと言った笑い声にぼくは目を見開いた。
「なんで、急に…っふふ。あーおかしいな」
笑っている彼女の目から一つの雫が落ちた。
「誰も来なくて、独りぼっちみたいだなっておもったんだねど、君がきてくれるとは思わなかった。ふふ、ありがとう」
涙を流しながら晴れやかに笑う彼女の上には、淡い虹が架かっていて、綺麗で、ぼくは見惚れてしまった。
「君の名前をぼくに教えてくれませんか?」
一目惚れをした青年の物語が今、始まった。
#雫
「……あの、さ」
口にしたかった言葉は音にならずに時間だけが通り過ぎていく。
彼に告白すると決めてからたくさんたくさん考えたのに。
「っわたし……ね」
心臓がうるさい。コンクールのときでもこんなにドキドキしなかった。
「…ゆっくりで、ゆっくりで大丈夫だよ」
落ち着いた優しいテノールが耳に入ってくる。
それと同時にあぁ…やっぱ好きだなって思う。
「わたし、君の歌がすごく好きなの」
目の前の彼は目を見張る。
そんな意外なことを言っただろうか。それでもさっきと打って変わって、私の口はよく動く。
「初めて聞いたときから、落ち着いた優しい声だなって思ってたんだけどね、放課後歌を口ずさんでいるときに君の声が聞こえたの。」
「…よく、ぼくだってわかったね」
私は首を縦に振りながら続ける。
「だって、すごく優しい歌だったんだもの。だからわたしきみの歌がすごく好きだよって伝えたくって」
今日呼んだの。そう言うと彼は少し照れ恥ずかしそうに、そしてなぜかちょっとすねたように口を開く。
「そう直球で言うくせやめなって言ってるでしょ…でもありがとう。嬉しい」
じゃあ帰ろっかと声をかけようとすると彼がわたしの手をそっと掴んだ。
「まって。ぼくもきみのピアノの音がすごくすき…だよ。君みたいにふわふわしてあったかくてずっと聞いてたくなる」
今度はわたしが赤くなる番だった。
「あ、ありがとう。嬉しい…です」
ありきたりの言葉しか頭に浮かばなかったけど、本当に嬉しいと思った。
「でも、それだけ…?今日ぼくを呼んだのはそれだけを伝えたかったの…?」
私は思わず目を見開く。彼は少し頬を赤く染め私の目を見ていた。
「…それ、だけ…デスヨ」
「絶対ウソ。きみ、ウソ下手くそなのになんでウソつくの」
ジト目で睨まれるが、今日のわたしのHPはもう残り5くらいだ。これ以上反撃を食らうと死んでしまう。
「逆に何があると思ったの…?」
次は彼が言葉に詰まる番だった。
視線を彷徨わせたあと、決意を決めたようにわたしの目を見ていった。
「告白…してもらえるのかなっておもった!!」
清々しいほどの回答に私はあっけにとられた。
「え、あ、うん、え、なんかごめん」
「ちょっと!!ぼくが振られたみたいじゃん!まだ何も言ってないのに」
「振ってないふってない振ってない!!」
テンパって勢いよく否定しすぎた。気まずそうに顔を上げると目の据わった彼が言った。
「好きなタイプは僕みたいな声の人って言ったよね?」
「はい、いいました」
「結婚するなら甘やかして叱ってくれる人がいいって言ったよね?ぼくこの2年間君を甘やかしてでも叱ってたよね?」
「はい、甘やかしてもらいマシタ」
「音楽好きな人がいいんだよね?ぼく歌うの好きだから一緒に演奏できるよ」
「うん、しってます」
「あと他には何が必要?ぼくは君からしたらとんでもなく優良物件だと思うんだけど」
割と自信満々に言い切る彼に小さく拍手を送ると怒られた。解せぬ。
「今、君に告白したら君はオーケーしてくれる?」
彼が放った言葉に私は一瞬で赤くなった。それはほぼ告白だ
「………う、ん」
彼は一つ呼吸をすると言った。
「ぼくは、ずっと君といたいと思ってます。君を見れば可愛いって思うし、ピアノを弾いてる姿は綺麗で独り占めしたいけど全世界に見てほしいとも思うし、家族のはなししてるときはぼくもその中に入りたいって思うし、他の男子と楽しそうに喋ってるとちょっと嫉妬します」
一呼吸で告げられた愛の言葉に顔を赤くさせることしかできない。
「でも、誰より大切にするし、君のこと最優先で生きるし、甘やかすし叱るし今は言葉にしか出せないけど一生一緒にいる覚悟でそばにいるから、ぼくと付き合ってほしい……です」
最後だけ自信がなさそうに子犬みたいな一面を向けられたわたしの心臓はまた、ドクドク致死量並に活動している。どうしてくれるんだ、ときめき死してしまったら。
「わたしも君の全部が大好きなので、最優先にできるよう最善を尽くしますし、大切にするし、幸せにします。えっと、プロポーズ?待ってます。だから、これから末永くおねがいします。」
照れてはにかみながら言うと彼は赤くした顔を手で覆ってしゃがんだ。
「反則でしょ……」
「こっちのセリフです」
目があって笑いあったこの瞬間のことをわたしも彼も一生忘れないだろうと、そう思った。
#言葉にできない
「なぁ、今日あんた告白されたってほんま?」
隣の席の子が聞いてきた。
「どこから広がったの…?うん、嬉しいことに告白されたよ」
僕がそう返答すると彼女は口をとがらせた。
「ふーん。嬉しかったんか」
どこかすねた雰囲気に戸惑いながらもうなずきで返す。
「そりゃあ、人として好きですなんて滅多に言われないじゃんか。嬉しいだろ?」
同意を求め隣を向くと机にうずくまった彼女が目に入った。
「…ウソツキ…告白って言ったやんか……」
「うん、人として先輩が好きなので付き合ってくださいって言ってもらえた」
すると彼女は勢いよく頭を上げる。
「はぁっ!?やっぱいわれとるやん!!まさか…オーケーしたんか…?」
勢いはどこに行ったのか少し不安そうに上目遣いで聞いてくる彼女に思わずときめく。
それを悟られないよう横に首を振り、笑いながら答える。
「ううん、好きな子がいるからってお断りさせてもらった」
その言葉を聞くと彼女は力が抜けたように机にまた突っ伏した。
「なんやねん……断ったんか」
「うん、残念?」
ガバっと起き上がる彼女と目が合う。
「残念な訳ないやろ!むしろそれを願っとったわ!だってうちが一番あんたの事好きやもん!」
清々しいほど暴露した彼女に驚きの目を向けると、自覚がないのかキョトンとされる。
「なに間抜け面しとんねん。うちがあんたを好きなこと知ってるんやろ?」
「いやいやいや、初耳なんですけど」
何故か立場が逆転し、いつの間にか僕が振り回されている。
「だって毎日、うち結婚するならあんたみたいな人がええって言うてたやんか」
「たちの悪い冗談かと思ってたよ!?」
「え、じゃあうちは今知らんうちに誤爆したんか…?」
重々しく首を縦に振ると静かに崩れ落ち、小さな手で顔を覆った。
「……むりやわ。ほんまにむり。頼むから忘れたってや」
「え、いやだよ」
羞恥で潤んだ瞳で怒りを向けられたが可愛いとしか思わない。
「君こそ知らなかった?僕は誰よりも君のことが好きなんだよ」
驚きと喜びが広がる彼女にもう一言と言葉を紡ぐ。
「毎日、君からプロポーズしてもらってたから、これからはずっと僕がするね」
きっと自分の顔は今見れるものではないだろうと思いながらも、彼女の小さな手を包み引っ張りながら思った。
きっと誰よりもずっと僕は彼女を愛すだろうと。
その後、二人は家族になり、孫たちに教えました。
『ずっと誰よりも愛せる人に出会えるだろう』と。
#誰よりも、ずっと
「ねぇ、うちらいつまで一緒にいられるかな?」
突然口を開いた彼女の言葉に呆然とした。
「……ずっと俺は君と一緒にいると思ってるけど」
なんとか頭を回転させて答えた言葉に彼女は苦笑する。
なにかしてしまっただろうか?
彼女がこれから口を開く言葉に恐怖を抱いた。
「俺と分かれたいって遠回しに言ってる…?」
おそるおそる聞くと彼女は猫のような目を大きく見開いた。
「そんなわけなくない?うちらめっちゃラブラブだし」
出てきた言葉に首をひねる。
「その自覚があるのになんで、いつまで一緒にいれる…なんて言うの?」
「だって……不安になっちゃったんだもん」
少しすねたように目線を外す彼女に驚く。可愛いという感情を隠しながら口を開く。
「俺は君しか見てないのに?何を不安に思うの?」
彼女は目を丸くさせ頬を緩めた。
「心底不思議そうに聞かないでよ。君はかっこいいからいつもうちは可愛い子に目を光らせてるんだよ?」
初めて知る事実に驚きながらもヤキモチを焼いてる彼女の愛らしさに口が緩んでしまう。
「どんなに可愛いと言われる人がいてもきっと俺は1年後も10年後も君が1番だと思うけど」
彼女が頬を赤く染めた。
「じゃあ君はうちとずっと一緒にいてくれるってことだよね?」
「うん。まだ学生だから確実に予約はできないけど、君以外といる未来が想像できない」
そんな会話を教室でしていた彼らは知らない。
これがクラスメイトにより撮影されており、10年後と結婚式で流されることを。
後に彼らのクラスメイトはこう語った。
「あの二人は学生のくせに熟年夫婦のようなカップルだった」
「なぜ結婚していないのかと不思議に思っていた。」
#これからも ずっと