【お祭り】← change order 【忘れたくても忘れられない】
◀◀【やわらかな光】からの続きです◀◀
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残業事務員総出のお出迎えにいささか面食らい、アランとゲーアハルトは仲良く身体を支え合っていた手をお互いの腰からそろそろと誤魔化し笑いで下ろしていく。次いでゲーアハルトがわざとらしい咳ばらいをして姿勢を正し、
「いやはや、私たちのにぎやかすぎたおしゃべりが業務の手を止めさせてしまったようだね。わざわざ集まってくれたというのに、見苦しい見世物ですまない、諸君」とさっきまで北の言葉でアランとふざけていたのを南の言葉に変え、涼やかな顔で詫びを入れた。すると見物人の中から一人、淡々とした物言いで口を開く者があった。
「……ビックリした……騒がしいからてっきりリーダーが戻ってきたかと思いきや。専務だったんすか」
その人物は先ほど「社長は現場だ」と教えてくれた事務員だった。残業のおやつだろうか、スナック菓子のミカドの箱を片手にポリポリ食べながら目を丸めるだけの地味な驚きを見せて言葉を続ける。
「しかも、えーと……アラン・ジュノーさん、でしたよね?意外なコンビではしゃいでのご登場だったんでさらに驚きっすよ。ああ、専務とご一緒ということは、無事社長に会えたんすね?」
ニッと笑ってアランたちの前に歩み寄り、いかがです?とチョコレートコーティングされたミカドの箱を差し出してきた。せっかくだからありがとうと言って一本頂いておく。呆気に取られていた他の社員たちだったが、彼ののほほんとしたマイペースな行動でフッとリラックスした表情に戻っていった。
「ジャンルカ、今日も時間外勤務してくれて感謝するよ。ジュノーさんを知っているということは、もう君たちとは紹介済みなのかな?」
ゲーアハルトも一本貰い、ミカドを指揮棒のように優雅に軽く揺らしてもてあそびながらアランと彼を交互に見つめて訊ねる。それからポリっと良い音をたててひとくち噛った。アランも倣って口に入れる。ジャンルカもさらに一本くわえてポリッ。ちょっとしたポリポリ音の合唱、ジャンルカをはじめ、アランもゲーアハルトも社員たちも、居合わせたみながクスクスと楽しげに笑い合った。
「ええ、エルがここの事務員全員にジュノーさんを紹介してくれたんで。でもすぐ社長を探しに出てっちゃったから、女子たちがめちゃ嘆いてましたね。けどまさかまた事務所に戻って来られるとはねー。定時でさっさと帰った女子たち、あとで知ったら大騒ぎして悔しがりますよ、きっと」
ジャンルカが話しているあいだ、俺にも寄越せ、わたしにも!と他の社員たちが彼のミカドの箱へ手を伸ばし一本づつ抜き取っていく。しかし彼は無頓着で一向に気にせず、興味津々のハシバミ色の目をアランたち二人に向けたまま話し続ける。
「けど今度はエルじゃなく専務が付き添いでここにお戻りってことは、なんかかしこまったお話し合いでもするんすか?もしかして人命救助で、州とかコムーネのお偉いさんから勲章とか感謝状とかがジュノーさんに贈られるとか?」
おお、とジャンルカの愉快な当てずっぽうにみなが冗談半分のノリでお祭り騒ぎに色めき立つ。苦笑しつつゲーアハルトが首を横に小さく振って口を開いた。
「残念ながらそういう事情ではなくてね。けれど良い考えだ。そこまで大々的には難しいが、我が社からちょっとした感謝の贈呈式を催すのも悪くないね。ジュノーさん、ご招待には応じて頂けますか?」
なおこの式ではドレスコードを布きますので、野暮ったい格好は厳禁と致しますこと、ご了承のほどを ―― 続けて真面目な口調でそんなことを耳もとでささやかれ、吹き出してしまいそうになるのを懸命にアランはこらえた。
▶▶またどこかのお題へ続く予定です▶▶
【やわらかな光】
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「心無い上司がいるものですな、アラン」
社長もまるで自分自身のことのように悲しい声でアランをいたわる言葉を掛けてくれた。思い遣り深い青い眼差しに癒される。素朴な慈愛あふれる社長の人徳に触れ、満ち足りたため息をそっと吐いたアランは気分を一新して仕事モードに気持ちを切り替え、引き締めた表情であらためて二人と視線を交わした。
「 ―― お二人の温かいお心遣いに感謝致します。そういう事情で、御社にご協力を乞う次第です。パソコンの使用許可を、どうか僕に与えてもらえないでしょうか?」
社長、専務がお互い無言でうなづき合ったのち、専務のゲーアハルトが頼もしい笑顔を浮かべてエレガントに答えてくれた。
「お仕事なのですからお使い頂くことになんの問題もありません。それにジュノーさん、あなたは我らの身内です。無論許可しますとも。事務所に何台か空いているパソコンがありますので、全部あなたに解放して差し上げます。システムへのアクセスもご遠慮なくなさって下さって構いません。ご案内しますので早速参りましょう。じゃあレオ、僕はジュノーさんと先に行くから、社長室へ向かう前にエルとギュンへ声を掛けておいて欲しい」
兄は微笑んで心得たと応じ、アランをともない去っていくすぐ下の弟に小さく手を振って別れた。近道から行きましょうと促された場所には壁があったはずだが、実は壁面大型扉だったらしく、出荷準備作業のため知らぬ間に広く開け放たれて外の世界に直結していた。行きに通った長い棚の迷路をふたたび戻らずに済んで安堵し、そこから倉庫を出たアランは先導するゲーアハルトに付き随い事務所棟を目指して歩みを進める。外はもう日が落ちて宵闇が薄暗くあたりを包み、敷地内を照らす外灯のやわらかな光が、まだ浅い春の夜をしっとりと彩っていた。
「先ほどは驚きました、エルがあなたに南の言葉で話し掛けていましたので。私は北の言葉と島の言葉を話すあなたしか存じませんでしたので意外でした」
となりで歩きながらゲーアハルトが話し掛けてきた。失礼にならない程度の、ほどほどの好奇心を覗かせて。エルンストと同じぐらいの背丈、ほんの少し目線を上げてアランも彼に言葉を返す。
「僕も驚きましたよ、まさか専務のあなたが社長とご一緒に現場作業までこなしていらっしゃるとは。いつも見るスーツ姿はもちろんお似合いですが、作業着姿もとても凛々しくて素敵ですね」
そう告げるととなりの紳士はクシャリと愛嬌ある微笑みで肩をすくめた。
「あなたにそう言って頂けるとは光栄です、影のナンバーワンイケメン、ジュノーさん。お噂は私の耳にも届いていますよ。それにしても今日のご格好も徹底していますね、休暇の時くらいはもう少しお洒落されたっていいでしょうに」
意表を突いたゲーアハルトの言葉にアランは大いに失笑した。本社に会議で来るのはまれなのに中々の事情通だ、この人の前では下手な隠し事はするだけ無駄だろう。事務所棟のエントランスに到り、ゲーアハルトが社員ICカードでアランを先に中へ通してくれる。ありがとうございますと礼を述べてからアランは含みを込めた笑みで会話を再開した。
「有力な跡継ぎ候補の一人でいらっしゃる取締役への配慮はなまなかなことではいけませんからね。たとえ休暇中でも、どこぞの王室の舞踏会の賓客としてお呼ばれされたとしても、僕はこの野暮ったいスタイルを貫き通す所存ですよ」
ゲーアハルトの大爆笑が人気の少なくなった事務所棟内に響いた。
「それは大した忠誠心ですね、私も見習うとしましょうかな」
吹き抜けの階段を上がりながら大笑いの余韻で上機嫌のゲーアハルトが心にもない殊勝なことを言う。
「ハハ、良い心掛けですよヴィルケさん。どうです、今度の会議はあなたも取締役への忠誠心を知って頂くために、僕のような野暮ったい格好でご出席されてみては?」
ふたたび大爆笑。うっかり階段を転げ落ちないように手すりをしっかり掴み、二人で身体を支え合ってケラケラ笑いながら広い事務所スペースのフロアにたどり着いた。ふと視線を感じて見渡してみると、残業で居合わせた社員全員が何事かと遠巻きに、酔っ払いのように陽気に現れたアランたち二人を驚きのまなこで眺めていた。
▶▶またどこかのお題へ続く予定です▶▶
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