あると

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9/21/2024, 10:19:41 AM

『秋恋』

 恋することを、春が来ると言うけれど……

 私の恋は、春なんてとっくに過ぎてしまった。

 桜のような、ほんのり淡く可憐な桃色ではなくて。春風のような、包み込む温もりのあるものではなくて。

 はっきりとした色で、鮮やかだけど少しドライな、さっぱりとした……まるで秋のような恋。

 仲のいい友達にはバレてるし、私自身もしっかり自覚している。けれど、甘い雰囲気にはなりたくない。付き合いたいとも、大して思わない。
 今のように、普通の友達より仲がいい、くらいのさっぱりした関係。
 これが心地いい。

 だから、このままでいい。

 ……やっぱり、この恋は秋でもないかもしれない。

 いろんな木の実が実る秋という季節で例えるには……

 私の、実らせるつもりのない恋は、とても似合わない。
 

9/20/2024, 1:25:21 PM

『大事にしたい』

 「大事にしたいんだ」

 そう言っておいて、私に何一つ選択肢を与えなかった彼。

 いらないと言ったブランド物のバッグ。
 やめさせられたバイクと庭仕事。
 せっかく行ったのにやらせてもらえなかったバンジージャンプ。

 私を真綿の中心に押し込んで、私の望むものは与えてくれなかった彼。

 私は安くて使い勝手のいいものが好きだ。
 バイクで風を切るのが楽しい。庭のバラは、たまに怪我をしてでも、綺麗に手入れするのがいいのだ。
 そして、よく意外と言われるが、スリルのあることが好きだ。

 それが私。

 ……大事にするって、なんだろう。
 彼は私にいっさい傷をつけたくなかったんだろう。ずいぶんと丁寧に扱われていたと思う。
 でもそれはきっと、「人を大事にする」ことじゃない。

 彼とは別れた。
 丈夫でシンプルなトートバッグを荷台に乗せて、今は海岸線沿いを一人でツーリングしている。

 「大事にしたい」……それはただの免罪符。私を閉じ込めておくための呪い。
 人を大事にするとはどんなことなのか、はっきりとは言えないけど。

 あんな彼より、今この瞬間の私自身のほうが、私をよっぽど大事にしていると思う。
 
 今日の風は、一段と涼しい。

9/19/2024, 11:43:26 AM

『時間よ止まれ』

 あの子が乗った電車が遠ざかっていく。

 ホームの端、古びた柵から上半身を乗り出して、目だけで電車を追う。

 満員電車の窓を覗くといろんな人が見えるけれど、小柄なあの子はその中に埋もれていて、指先ひとつも見えやしない。

 でも、窓は開いている。

 今ならまだ届く。私の言葉。

 大声で、叫んだらきっと、あの子の耳にも届く。


 ずっとずっと、言えなかった言葉を。
 何日も、何ヶ月も、心の中で育て続けた大切な言葉を。あの子のための言葉を。

 『ありがとう』って言わないと。

 そう思うのに、声が出せない。
 
 大声で叫ぶのって、けっこう勇気がいる。
 そんな簡単なことにすら思い至らなかった。
 柵を握る手に力がこもる。大きく開けた口が、当惑している。行き場をなくした小鳥のように、震えている。
 
 ……まだ届くのに。今なら、まだ

 時間がほしい。たった数秒。
 大きく息を吸って、吐いて、心臓の音を聞いて……自分の中から勇気を見つける時間が、ほしい。

 そう思ううちにも、どんどん電車は駆けていく。

 はやくしないと。きっとこれが最後なんだから。
 
 だから……お願い。少しだけ。少しだけでいいから。

 「時間よ……止まれ」

9/18/2024, 11:39:18 AM

『夜景』

 上京して初めて、家に入った。

 マンションの購入も荷物の運び込みも、父と母がぜんぶ手配してくれたから、私がやることといったら荷解きだけ。

 せっかくの一人暮らしだというのに、こうもあれこれ世話を焼かれてしまっては、一人になった気がしない。
 
 大学は自分で決めたが、住居は私が何もしないうちに決まってしまって、正直、自立した感じがない。
 一人暮らしをはじめるのを節目に、「大人の道」を歩もうと思っていたのだが、そんな私の決意を知らない両親は、当然のように私の手を取って歩く。

「ここからは自分で行くから」

 どこかの道の途中でそう言わなければならないのに。
 私はまだ言えていない。

 怖い。
 親から離れるのが怖いんじゃない。自分が離れることを、親が拒んでくるのが怖い。離した手をまた掴んでくるのが怖い。
 私の両親は、そういうことをしてきそうな気がする。
 だから、まだ言えない。

 ……雨の音に誘われて、ふと、窓から外を見た。

 細かな水滴越しに見える夜景は、テレビで見たのと同じように綺麗だった。
 けれど、それはなんだか他人事のようで。
 この部屋のように、誰かに用意されたもののようで。

 窓から目を離し、またダンボールをひとつ開ける。

 荷解き途中のこのダンボールだらけの部屋は、まだ私のものじゃない。
 いつかくるだろうか。

 この部屋を、ここから見る景色を、私のものだと言える日が。
 誰かに囲まれて、寄りかかることを強制された状態じゃなく……私が私で歩ける日が。

9/16/2024, 11:27:53 AM

『空が泣く』

 今日も彼は空に花火を上げる。

 痛々しいほどに真っ赤な花火を、何発も、空高く打ち上げる。

 毎日のように、彼は花火を上げる。
 
 成長期もきていない小さな体で、武器庫から大砲を引っ張り出して、自作の花火を……色付きの砲弾を、その中に込める。

「どうして毎日こんなことをするのですか?」

 一度だけ、彼にそう聞いたことがある。
 少し悩んで、彼は俯きながら答えてくれた。

「国民たちの力になりたいんだ。『王族』の一員として」

 これが力のない自分が果たせる、幼い王子としての精一杯の責務なのだと、彼は言った。

「たしかに、花火を見る国民たちはみな、笑顔です」

 私は夜の花火に目を向ける国民たちの表情を思い出す。
 働き疲れた若者も、母に抱かれた赤ん坊も、座ることすらつらそうな老人も、揃って空を見上げていた。とても穏やかな顔で。
 この花火はたしかに、国民たちの心の安らぎになっているだろう。

「でも、なぜ大砲を使うのですか?専用の機械もございますが……」

「『武器』じゃなきゃだめなんだよ」

 彼は静かにそう言った。

「僕はね、この大砲で攻撃して、空に痛がってほしいんだ。そして空に『泣いて』ほしいんだよ。それは、この国にとってはいちばんの救いになる」

 ____この、『砂漠の国』にとっては。

 彼はそれからも、何度も大砲で花火を打ち上げた。

 一昨日、明日、そして今日。
 何度も何度も上げ続けた。痛々しい、赤い花火を。

 何度も砲撃を打ち込み続けて、今日、ようやく……



 ………………空が泣いた。

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