sairo

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11/17/2025, 9:59:32 AM

白い月が浮かぶ夜。
少女は一人、月明かりを浴びて踊っていた。
くるりと回り、高く飛び上がる。
広がるスカートが、まるで羽根のように見えていた。

夜は少女のためだけの舞台。月明かりというスポットライトを浴びて微笑む少女は、誰よりも何よりも美しかった。

11/16/2025, 2:11:40 PM

懐かしい歌が聞こえた。
あの子ではないと知りながら、視線は声の主を求めて彷徨う。遠く駆けていく子供たちの姿に、あの子ではなかったことを認めて肩を落とした。
何度繰り返しただろう。少しも前に進めないことを、自嘲する。馬鹿だと思いながらも、葉の落ちた木々にまたあの子の思い出を重ねて足を止めた。
青々と葉が繁る木々の下、木漏れ日を浴びてうたた寝をするあの子の幻を見る。
瞬きの間に、幻は跡形もなく消える。近づいて、地面に触れても、そこには温もりの欠片も残ってはいない。

「本当に、馬鹿だなぁ」

木漏れ日のような暖かな笑みを浮かべたあの子の跡は、この先も消えはしないのだろう。

すべては自分の選択の結果だ。それなのに今更醜く縋る心に、吐き気がしそうだった。

11/16/2025, 6:11:38 AM

赤や茶色の葉で覆われた道。見上げる木々の葉は、殆どが散ってしまった。
今日もまた、待ち人は来ないのだろう。約束したことすら忘れているのかもしれない。

「嘘つき」

寒さに悴む手に息を吹きかけ温めながら、来ない相手に向けて呟いてみる。答える声は、聞こえてはこない。
分かってはいてもそれが悲しくなって、誤魔化すように足元の落ち葉を蹴り上げた。かさりと舞い落ちる葉に、益々寂しさが募る。

――来年もまたこの場所で、一緒に紅葉を見よう。

ささいな約束。指切りまでしたそれは、結局はその時だけの形だけのものだったらしい。
もう一度、落ち葉を蹴り上げ歩き出す。
暦の上では、冬が来ている。もう直ぐ葉はすべて散り、雪が降り始めることだろう。
そうしたらきっと、諦めもつくはずだ。
それまでの日にちを心の内で数えながら、一人寂しく家へと向かった。

11/15/2025, 9:29:06 AM

手を合わせ、目を閉じる。
ただそれだけ。自分にできることは、ほんの些細なことだ。
この祈りが、正しく届いているのか分からない。知る術はなく、すべては自分の思い込みなのかもしれない。

「いつも、ありがとう」

隣で同じように手を合わせていた祖母が礼を言う。その言葉に落ち着かなくなるのはきっと、まだ信じきれていないからだろう。
祈りが届くことを、どこかで自分は疑っている。
だから考えてしまうのだ。

この祈りに、果てはあるのかを。



「どうして人は祈るの?」
「――は?」

ぼんやりとテレビを見ていた姉が、訝しげな視線を向ける。口に出すつもりはなかったが、どうやら声に出てしまっていたらしい。曖昧に笑みを浮かべて何でもないと首を振るも、姉はテレビを消してこちらに向き直った。

「祈りが、何だって?」
「いや、別に大したことではないんだけど……どうして、人は祈るのかなって」

姿形の見えない相手に、何故祈るのか。届くかどうかすら分からないというのに、人は当然のように何かの節目で、切っ掛けで祈る。
行事の一環として祈る人。幼い頃から身についた習慣で祈る人。真剣に祈りを捧げる人。
理由は様々でも、何かを祈るその行為を何故誰も疑問に思わないのだろうか。

「そもそも、祈りって何だろう」

疑問を口にすれば、姉は笑うでもなく真剣な目をして考え込む。
しばらくして、姉は静かに首を振る。微笑みを浮かべて静かに口を開いた。

「考えてみたけど、よく分からなかった。祈る理由は人それぞれだし、祈りに対する期待も本気度も違う」

そう言って、姉は手を合わせる。祈りの形を取りながら、でも、と穏やかに呟いた。

「どんな祈りにも、願いがある。自分自身のため、誰かのため……叶ってほしいけれど、叶うか分からない願いを誰かに聞いてほしいから祈るんじゃないかな」
「願いを、聞いて欲しい?」

首を傾げた。分かるようで、いまいち分からない。

「それって、祈りが届かなくても構わないってこと?」
「届いて欲しいとは思っているよ。届いて、できれば叶えて欲しい……きっと祈りって、願い事の最後の希望なんだと私は思う」

願い。希望。
姉の言葉を、心の内で繰り返す。無意識に眉が寄り、それを見て姉はくすくすと笑った。

「眉間の皺が凄いことになってる……なんで急に祈りがどうとか言い出した訳?」

人差し指で眉間の皺を伸ばされながら問われ、口籠もる。視線を逸らしたくとも、姉が笑いながらもそれを許さない。
小さく息を吐いて、姉の手を掴みながら呟いた。

「祈りの果てってあるのかなって……お祖母ちゃんを見て、そう考えた」
「お祖母ちゃん……?」

驚いたように目を見張った姉は、だがすぐに優しい笑みを浮かべた。
眉間から指を離して、代わりに頭を撫でられる。

「ちょっ、なに……?」
「祈りの果てはあるよ。ちゃんとここに」
「え?」

頭を撫で続ける手を掴みながら、姉に視線を向ける。
意味が分からない。その言葉の真意を求めて問いかける前に、掴んだ手を逆に包まれて抱き寄せられた。

「果てって、つまり行き着く最後の場所でしょ?お祖母ちゃんの祈りはちゃんと届いて、こうして今も元気に変なことばかり考えてるよ」

ぽんぽんと背中を叩かれ、笑われる。
優しい顔。手の暖かさに、何も言えずに姉の肩に額を押し当てた。
何故忘れていたのだろう。意識の靄が晴れていくように、忘れていたたくさんのことを思い出す。
行かなければ。祖母に会わなければいけない。

「お祖母ちゃんには、もう大丈夫って伝えておいで。今のあんたには、祈りなんて必要ないでしょ?」
「――うん」

小さく頷いて、ゆっくりと姉から離れる。
確かに姉の言う通りだ。誰かの祈りがなくても、自分はしっかりと歩いて行けるのだから。
部屋を出て、玄関に向かう。
急ぐ足は外に出る頃には駆け出していた。早く祖母に会いたくて伝えたくて、気が急いてしまう。

「お祖母ちゃん」

優しい祖母の笑顔を思い浮かべながら、夢中で走り続けていた。



いつもの場所で、いつものように祖母は手を合わせて祈っていた。
側に寄れば、顔を上げてこちらを振り返る。柔らかな笑みを浮かべて、祖母はいつもの言葉を口にする。

「ありがとうね」

祖母の感謝の言葉が、何を意味していたのか。ようやく気づくことができて、胸が苦しくなった。

「お祖母ちゃん」

声をかければ、祖母は驚いたように目を瞬いた。
一歩、祖母に近づいた。震える唇の端を上げ、笑顔を作ってみせる。

「もういいよ、お祖母ちゃん」

泣くのを堪えた、不格好な笑顔。それでも祖母は目を細めて、眩しそうにこちらを見た。

「もう、いいのかい?」
「いいよ。私、とっくに七つを過ぎて、今度高校を卒業するんだよ……もう神様にお願いしなくても、ちゃんと生きていけるから」

微笑む祖母の姿が次第に霞み、朧気になっていく。穏やかに笑む目の端に煌めく滴を溜めながら、祖母は何度も頷いた。

「そうかい。そんなに大きくなったんだねぇ。ばあちゃん、神様にお祈りするのに夢中で、全然気づかなかったよ」
「ずっと隣にいたのに、ちゃんと私の成長した姿を見ていてよ」
「ごめんよ……うん、とってもべっぴんさんになった。本当にありがとうね」

健やかでいてくれて。還らずにいてくれて。
祖母の祈りが、鼓膜を揺する。幼い頃に彼岸に足を踏み入れかけた私を引き戻した、祖母の願いが体に染み込んでいく。
祖母の祈りの果て。願いの行き着く先。聞き届けられ、叶えられて、今こうして私はここにいるのだと告げている。

「私こそありがとう……もう大丈夫。これからは私が神様にありがとうって伝えるから。だからお祖母ちゃんは、休んでくれていいんだよ」

消えていく祖母に、そっと手を伸ばす。すり抜けるかと思ったその手はすり抜けず、そのまま祖母を抱き締めた。

「なら、お言葉に甘えて休もうかね……ありがとう。あの時戻ってきてくれて。生きてくれて、本当にありがとうね」

祖母の手が背中に触れた。感謝の言葉を繰り返し、祖母は微笑みながら消えていく。

温もりが消えて、手を下ろした。強く目を閉じて、深く呼吸をする。
込み上げる感情を沈めて、笑顔を作りながら静かに手を合わせた。

「ありがとう」

この祈りに果てがあるのかは分からない。聞き届けられているのか、知りようもない。
けれども祖母が祈り続けた分の感謝の祈りを。
それ以上の思いを込めて、社に祈りを捧げ続けた。



20251113 『祈りの果て』

11/14/2025, 3:40:39 AM

鏡に手をつき、溜息を吐いた。
同じ場所をぐるぐると回っている。違う道を選んでも、最後にはまた最初のこの場所に辿り着いてしまう。

「疲れた」

鏡に凭れながら座り込む。周りの鏡に映る自分も、同じように座り込んだ。
ミラーハウス。鏡の迷宮。
何故こんな所にいるのか。いつからいるのかは分からない。
ただ早く帰らなければという焦燥感が常に付き纏い、心を落ち着かなくさせている。
帰らなければ。いつまでも、迷っている訳にはいかない。
深く息を吐いた。顔を上げて、ゆっくりと立ち上がる。

「帰らないと」

自分に言い聞かせるように呟いて、また迷路の中に足を踏み入れた。



「なんで帰りたいの?」

背後から声が聞こえ、咄嗟に振り返る。

「え……」

無数の鏡に映るそれに、息を呑む。無意識に後退る自分を嘲笑うかのように、鏡の中の幼い自分はサイズの合っていないシャツを揺らす。

「帰った所で、苦しいだけじゃない」

幼い自分の声に被さるように、赤子が泣く声が聞こえた。背後の景色が揺らぎ、ベビーベッドのある室内を映し出す。両親が慌てたように、幸せそうにそれぞれ赤子を抱き上げ笑う。その側で、兄も興味深げに双子の弟妹を見つめていた。

「本当に帰りたいの?」

兄のお古を着た、幼い自分が問いかける。
笑う両親に抱かれた双子は、どちらも綺麗な服を着ている。誰もが幸せそうで、笑っていないのは自分くらいなものだ。

「帰りたいの?」
「帰らないと」

繰り返す幼い自分の問いに、呻くように呟いた。
首を傾げる自分から逃げるように背を向ける。無数の怯えた顔をした自分の姿が視界に入り、密かに安堵の息を吐いた。

帰らなければならない。
理由を思い出せないその衝動だけで、迷路の先へと歩き出した。



「今更帰ってどうするの?」

声が聞こえて立ち止まる。
恐る恐る振り返れば、一枚の大きな鏡に映る、学生時代の自分がいた。

「あの時何も言わなかったくせに、今更帰って文句でも言うつもり?」

無表情な自分の後ろで、楽しそうに双子が笑う。
弟はサッカーに精を出し、妹はピアノ教室に通っていた。

「やりたいことがあったのに、家族のためだって何も言わなかったのは自分。なのに、後悔しているの?やりたいこともやれなかった自分が可哀想だなんて、思ってでもいるの?」
「違う……そんなこと、思ってない。ただ、帰りたくて……帰らないと……」

後退りながら、言い訳のように帰らなければと繰り返す。そんな自分を、学生時代の自分は冷めた目で見つめ問いかける。

「帰って、何がしたいの?」

口を噤む。何も思い出せずに、俯いた。
何か言わなければ。そうは思うのに言葉は出ず、足は縫い止められたかのように動かない。
戸惑い怯えて立ち尽くしていれば、不意に腕を掴まれた。

「何してんだよ?遅れるぞ」

視線を向ければ、幼馴染みが眉を寄せて立っていた。

「え、あれ……?」
「まったく、道の真ん中でぼーっとしてんなよ……先行ってるからな。お前も早く来いよ」

呆れたように笑いながら、幼馴染みは掴んだ腕を離して歩いて行く。それを追いかけようとして、後ろが気になり振り返った。
そこには無数の鏡に映る、無数の自分がいるだけで、学生時代の自分はもうどこにもいない。
深く息を吐いて、前を向く。幼馴染みの姿も、どこにも見えない。
密かに落胆しながらも、ゆっくりと歩き出す。
帰らなければいけない。
それは、もしかしたら幼馴染みが関係しているのだろうか。そんなことを思いながら、無心で前に進み続けた。



「どうするか、決めたの?」

声がした。
一呼吸置いて、ゆっくりと振り返る。

「いつものように聞き分けのいい子でいるのか、それとも自分の気持ちに素直になって悪い子になるのか」

薄暗い通路の前で、自分が問いかける。
その後ろでは、母に抱きつき泣きじゃくる妹の姿があった。
幼馴染みに告白して振られたのだろう。悲しみを切々と語る妹に、母は優しく頭を撫でて慰めている。
不意に母が顔を上げ、こちらに視線を向けた。困ったように微笑んで、妹を撫でながら口を開く。

「しばらく、彼と会うのは止めてちょうだい。お姉ちゃんなんだから、妹のために気を利かせてやってね」

咄嗟に言い返そうとした言葉は声にならず、代わりに強く唇を噛みしめる。
苦しい。母の言葉も、何も言えない自分の弱さも、苦しくて堪らない。そんな自分を見つめて、もう一人の自分は無感情に問う。

「どちらにするの?家族か、私か」
「私?」

提示された選択肢の意図を理解しかねて、眉を寄せる。もう一人の自分は頷いて、静かに告げた。

「家族を選べば、私はずっとお姉ちゃんのまま。私を選べば、お姉ちゃんではなくなるの」
「家族……お姉ちゃん……」

母と妹へと視線を向ける。母の胸に縋り泣く妹と、眉を下げ微笑む母。凍り付いたまま動かない二人を見て、唇が震えた。
選べるのは一つだけ。迷い彷徨う目が、もう一人の自分を見る。無表情なその顔は、それでも選んでしまっているように見えた。
目を逸らし、家族や自分に背を向ける。無数に映る鏡の中に、白い光を見つけて歩き出す。

「本当に帰るの?どちらを選んでも苦しくなるのに」

歩く自分の横を、幼い自分が着いてくる。

「帰って、また何も言わないままでいるの?ずっとそうだったように」

反対側で、学生時代の自分が冷めた目をして歩いている。
それらを振り切るように駆け出した。

「帰らないと。いつまでも迷っている訳にはいかないから」

はっきりと言葉にすれば、過去の自分たちは消えていく。

「どちらにするか、まだ決めていないのに」

後ろから声がした。けれどもう立ち止まることも、振り返ることもしない。
只管に、光に向かって駆けて行く。
そして、その光を抜けた瞬間。

真っ白な世界の中で、何度も自分を呼ぶ幼馴染みの声が聞こえた気がした。



「っ、起きたのか!?」

目を開けると、焦ったような幼馴染みの顔が視界いっぱいに映り込む。
声をかけようとするが、口から溢れるのは掠れた吐息だけ。起き上がろうとしても、体に力が入らなかった。

「無理するな。もう一週間も目を覚まさなかったんだぞ」

そう言いながら、幼馴染みはベッドのリモコンを操作し、リクライニングを上げる。床頭台の上のペットボトルと取ると蓋を開け、手渡してくれた。

「急ぐな。ゆっくり飲めよ」

頷いて、一口ミネラルウォーターを飲む。乾いた喉が潤う感覚にそっと息を吐いた。

「ありがとう」
「どういたしまして」

礼を言いながらペットボトルを渡せば、幼馴染みは安堵したように笑う。しかしペットボトルを床頭台に戻してこちらに向き直った時には、その笑みは消えていた。

「正直に答えて欲しい。俺と結婚するのは、そんなに嫌だったのか?」

問われて息を呑んだ。俯きかける顔を必死で上げて、静かに首を振る。
嫌な訳ではない。幼馴染みに告白された時は、本当に嬉しかったのだ。
けれど妹の泣き顔が、母の言葉がちらついて離れない。返事をしようとする度に、家族が声を奪っていく。
それを幼馴染みに伝えることもできず、苦しさに両手を強く握り締めた。
そんな自分を見て、幼馴染みはそっときつく握った手を包み込む。目を合わせて、真剣な顔で問いかけた。

「選べないってんなら、攫っていってもいいか?」
「――え?」
「お前が家族を大切にしているのは分かるし、お前の家族もお前のことを愛しているのも分かる。それで動けないなら、俺が手を引いて連れ去ってやるよ。嫌なら手を振り払ってくれればいい」

その目の強さに、頷くことも首を振ることもできない。代わりに視線を落として、両手を包む幼馴染みの手を見つめた。
温かくて大きな手。いつも自分を導いていたこの手を、振り解くなんてきっとできないだろう。

「今すぐじゃない。でも卒業と同時に、お前のこと連れていくからな」
「――うん」

笑いながらも真剣な声音。包む手に力が籠もり、そっと頷いた。
顔を上げる。微笑む幼馴染みの顔が、昔二人で憧れたテレビのヒーローと重なって、眩しさに目を細めた。
幼馴染みはいつだって自分のヒーローだった。今更ながらにそれに気づいて、小さく笑みが浮かぶ。

「動けない私をいつも助け出してくれる、ヒーローみたいだね」

そう伝えれば、幼馴染みは目を瞬き苦笑する。

「俺がヒーロー?そんな訳ないだろ。俺はとっても悪い、悪の魔王だよ」

包む手を離し、頭を撫でられる。意地悪く笑いながら、床頭台の上を見つめた。

「なんたって、皆の大好きなお姉ちゃんを攫っちまうんだから」

床頭台の上に飾られた綺麗な花が、それに答えるように小さく揺れていた。



20251112 『心の迷路』

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