「繊細な花」
花ってキレイで可愛らしいけど踏んでしまえば折れてしまうし、ちょっとした気温の違いで枯れてしまう。すごく繊細なものだなって思う。
でも、引っこ抜こうとすると力いっぱい使わないと引っこ抜けないこともある。地下に根強く根が張っていてなかなか抜けない。土だろうがアスファルトだろうが上へ上へ成長している。
誰しも成長するときは繊細な心になるのだろう。少しの失敗や無念さで折れたり枯れたりすることもあるだろう。でも、根がしっかりしていれば上を支えられる。また上へ伸びることだってできる。そしてきれいな花を咲かせられる。
何があっても諦めない。その時は諦めてもまた挑戦できるよう準備をする。しっかりと自分の思いを根強く根深く張り巡らせておく。置かれた場所で咲かせられるよう頑張らないと。
「1年後」
1年後の自分はどうなってるんだろうか……
しっかり職に就いてるのか、どこかでくたばってるか。
学校で勉強してるとふと考えることがある。
これから先どうなるかなんてわからない。計画なんて1も進まないことが多いのに、なぜそんなに皆は頑張れるのだろうかなって
悪い考えだとは自覚している。ただ、誰しもが思ったことのあるものだろう。漫画やアニメと違って自分の人生を描いてくれる人なんて誰もいない。同じような日の365回目なんて考えられない。
とりあえずは生きてみる。なんか暗い人みたいに思われるかもしれないけど、それが一番生きやすいと思う。出会いも悲しみも人生ではお飾り程度。そう感じないと1年後までなんてまともに生きられない気がするんだ。
「子供の頃は」
こんなお題を出されても、まだ未成年でボンクラな僕には書くことはそこまでないんだけどな……
まぁ、小さな頃に比べたら何かに追われる日々っていうのが確実に増えてるなと思う。今は将来に向けた勉強や社会に出たときのマナーを教わったり、部活やら塾やらで休んだり遊んだりすることも少なくなった。社会に出た人達から見たらほんとにちっぽけなことかもしれないけど、それでも大変だなぁ〜って日々思ってる。
小さな時に輝いて憧れていたものも、成長するにつれて真の姿をみる羽目になり、くすんで蔑むようになっていく。でも今はそのおかげで新しい出会いや憧れを持つこともできている。
今と昔、どっちが悪いってこともない。今の自分を何かで比べたいだけなんだと思う。確実に背は伸びてるし頭も良くなっている。子供の頃の無邪気さも大人の冷たい考えも良し悪しがある。
そろそろ僕も社会の一員になるから、どこかで会ったらよろしくお願いします。
「日常」
本当に生きることって大変だと思う。1秒後、自分がどうなっているかなんてわからない。自分の考えてることも、外側からの影響を受けてコロコロと変わってしまう。どんな人にもお疲れ様と言いたいくらいだ。
前にも書いたけど、コロナになった時に味覚・嗅覚がなくなった。コロナが治ったあとも2週間くらいは味も匂いもしない飯を食欲がわかないのに食べ続けていた。
日常って聞くと、ほんわかして温かく聞こえるけど、本当の日常は違う。
自分の力不足と人生の無常さに明け暮れる。
でも、その中でも生きていられている。あなたがこの文を読んでる時も、『体中に血が流れ』『頭を使い』『目で読んで』『風を耳と肌で感じる』
嫌なこと苦しいこともあるけど、必死こいて今を生きている。ささいな日常に気づくことができればそれなりに幸せだよ。
「好きな色」
僕の好きな色は青だな。
空の色とか海の色とか青で、どんな物も丸く包みこんでいるような気がするから。
そして、上に行き過ぎても深く潜りすぎても暗い青になってしまう。今、ここにいるからこそきれいな青色を見えているんだなぁって思う。
一番キレイだなと思うところが、一番適切な距離だと思う。それはどんな物も一緒だよ。友情も恋愛もね