花畑
「花畑って聞いてなにが思い浮かぶ?」
「ブルーベル」
「ネモフィラ」
「え、青縛り?」
順に後輩、弟の答えだ。普通だなーと嘲るつもりはない。ブルーベルのお花畑もネモフィラのお花畑も綺麗だもん。っていうか、意外と花に詳しいな君たち⁈
「言い出しっぺ。お前はどうなんだ」
「臨死体験談」
「オカルトヲタクは期待を裏切らないね」
「褒めてる? 馬鹿にしてる?」
「俺は呆れてるけど後輩はたぶん純粋に褒めてるぞ」
弟は容赦ない。自分を偽らずに本音を伝えるのはさすがだわ。だてに自由人って言われてない。
だが、なんで私がそれを思いついたのかをぜひとも聞いてほしい。主張させてくれ!
「臨死体験の話を聞くとさ、必ずと言っていいほど綺麗な花畑が出てくるんだよ」
「そうなんだ」
「生き返った人たちがみんな照らし合わせたように語るからさ、あの世とこの世は綺麗なお花畑で区切られてるんだろうね」
「よっぽど綺麗なんだろうね」
「花で死の恐怖緩和させるつもりなのか? ネモフィラ咲いてっかな」
「カスタムできるといいね……」
どうやら弟は単純にネモフィラが好きみたいだ。そこはレモンの花って言わないのね。あんなにレモン好きなくせに。
「もしも好きな花が反映されるんだったらなにがいい?」
「…………曼珠沙華?」
「お前もう喋るな」
(いつもの3人シリーズ)
世界に一つだけ
「『ひとつ』って数え方はしないけど、あたしたち人間はみんな世界にひとりしかいないよね」
「それもそうだね。同姓同名がいたとしても、同じ人生なんかないもんね」
「世界に一つだけの花って名曲があってだな」
「こいつと全く同じ人間がいてたまるかって本気で思ってる」
「言えてる」
「なんでだよ」
どこかで、数十年ぶり再会した生き別れの双子が、偶然の一致とは思えないほどの共通項を人生で繰り返していたという話を聞いたことがある。買っていたペットの名前、幼少期に熱中したスポーツ、愛車、仕事、果ては奥さんの名前まで全部一緒だったらしい。
でも、よりもっと人生を照らし合わせたら、ひとつぐらい違うものだってあるんじゃないか。そう考える私は少し捻くれてるのかもしれない。
こうして駄弁っている私も、弟も、後輩も、同姓同名はいるかもしれないけれど、唯一無二の存在だ。私が認知している弟と後輩は目の前の彼らだけ。それは彼らにとっても同じ。彼らが認識している『私』は、私しかいない。
いまこの時、その苗字名前で、その場所で、たまたまこれを読んでいるあなたは世界でひとりしかいない。
「自分のことを『所詮歯車のひとつ』って卑下する言葉があるけどさ、歯車が1個でも欠けたら機械は動かなくなるんだよね」
どうか皆々様ご自愛くださいね。世界にたったひとりだけの自分を認めて愛してやって。
私もなるべくそうします。
(いつもの3人シリーズ)
きらめき
通学路で、困った顔を浮かべて立ちすくんでいた子どもを放っておけなかったという。なんでも、落とし物が見つからなくて途方に暮れていたとかなんとか。
「お前いい奴だな」
「別に。なんか放っておいたらいけない気がして」
私の弟は素直に感心しているようだが、褒め言葉を素直に受け取らないのはいかにも後輩らしい。私としては、「めずらしい」が第一の感想だった。
言っちゃ悪いが、この後輩は人に対してあまり興味を示さないタイプだ。困っている人は助けなきゃ、っていう正義感が薄い。逆に興味を持った人にはグイグイいくけど、そっちのほうがめずらしいかもしれない。
結局、その子の落とし物は、後輩も一緒になって探してからしばらくして、後輩が無事に見つけたそうだ。
−−ありがとう、お兄ちゃん!
子どもはようやく笑顔を見せた。晴れ晴れとした笑顔だったという。
「で、お礼にこれをもらったと」
「子どもらしいよね。お気に入りだったらしいよ」
後輩が私の手のひらに転がしたのは、宇宙を閉じ込めたような精巧な模様の入ったビー玉だ。
陽の光にかざすと、星のように散らばった金粉がキラキラと輝く。これはたしかに「お気に入り」になるだろうね。
「お気に入りをくれたのか。よっぽど大事なもの落としたんだな」
「それが……ついさっきの出来事だったはずなのに、全然覚えてないんだよね。その子と一緒になにを探してたのか」
おっと、急に不穏が顔を出してきたぞ?
「子どもって、男の子? 女の子?」
「……わかんない」
「見た目で判別しづらかったのか?」
「いや、そんなんじゃない。顔が全然思い出せなくて……」
唸る後輩を横目に、私と弟は顔を見合わせた。
いわゆる狐に化かされた系か? そういえば、後輩の通学路でそういうことがあったって過去話を聞いたような? ひょっとして同じヒト?
「別に悪いことされてねーみたいだし、本当のお礼なのかもな」
「いずれ木の葉に変わったりして」
「それはそれで手が込んでるな。一周回って面白いわ」
このきれいなビー玉が次の日に木の葉になったとして、後輩は腹を立てるような奴じゃない。私たちだって残念に思うことはないから。
徐に、弟がビー玉を覆うようにして手を重ねてきた。
「バル−−」
「言わせねえよ」
(いつもの3人シリーズ)
(最近やってましたね)
開けないLINE
自分たちの理屈では説明できない事象を、人々は「怪現象」やら「妖怪」やら「幽霊」やら−−自分たちと異なる怪しいモノのせいにした。そんな先代たちに倣って、私もいま自分の身に起きていることを「怪異の仕業」と言っても許されるよね?
「アイツまた復活したのか」
「アイツって?」
「姉のLINEに突如出現した文字化け野郎」
「えぇ……? 勝手に友だち追加してきた人間なんじゃないの」
後輩は胡散臭げな顔つきで、至極冷静に現実的意見を口にする。
スマホ音痴の私からすれば彼の言葉はちんぷんかんだが、要は「どうせ生きた人間の仕業だろ」って言いたいんでしょ?
「こいつが救えねえレベルのスマホ音痴だから、LINEの設定は全部俺がやったんだが。こっちが承認しなきゃトークも表示されない設定にしてるぞ」
「じゃあ、スマホのパスワードを突破してLINEを勝手に弄ったとか? 手が混みすぎかな」
「それはないと思うよ。顔認証しないとダメな奴を設定して(もらって)るから!」
「自分で設定いじってないのにドヤ顔しないでよ」
だから言ったじゃないか、怪現象だって。相手は怪異だ。そうに決まっている。
話題は、私のトーク画面の一覧トップに突如として浮上した、真っ黒いアイコンの文字化け野郎。
いつだったかいつのまに私に文字化けのメッセージを連投してきたんだが、私の双子の弟がなにを思ってかそいつにLINEを返したんだよね。「ポマード」って。
なんでか、そのひと言でぱったり連投は止まったんだが……。
「今日になっていきなり復活してさ、今度は画像を立て続けに送信してるんだよね」
「開きたくない」
「でしょ?」
ポマードの有効期限切れ? そもそも回避ワードって有効期限あるのか。
その言葉で止んだから、私と弟は勝手に「口裂け女」と呼んでいたんだが、詳細は不明。知ろうとも思わない。
弟曰く、トークルームを消してブロックしようとしたらしいが、なんでかコイツにだけはその操作が作動しないそうだ。
「怪異って、こうやって時代に対応していくんだね」
「なにしみじみと言ってんの。普通に迷惑じゃん」
「ブロックもできねえならどうしようもねえな。いっそスマホ替えるか?」
「向こうが写真送ってくるなら、同じように写真送り返せば? ポマードの写真とかお札の写真とか、いやがりそうなの厳選して」
「結局LINE開くことにならないか? 姉貴のスマホが動かなくなるだけだったらいいけど、送るために開いた俺に呪いがかかるのはいやなんだが」
「ごめんね! あたしが音痴なばっかりに!」
「別に、LINE開かなくても写真は送れるじゃん。メディアから『共有』選んでLINEの送信先選ぶだけ」
「あ、なるほど。お前頭いいな」
なに言ってるのかさっぱりわからないが、急に解決策が出てきたっぽい。
後輩の助言に従ってポマードとお札のスクショを送りまくった結果、向こうからの連投がぴたりと止んだ。あれから1週間、向こうからは音沙汰なし。今度はブロックの操作ができそうだから、弟がついにやってくれた。
でもさぁ、前回も今回もやっぱり「ポマード」が効いてる……?
(いつもの3人シリーズ)
(「1件のLINE」の続編らしきもの)
香水
あんまり縁がなさすぎてさ、お店でも遠目に眺めて「瓶が綺麗だな〜」って思う程度なんだよね。自分でつけたいって発想にまで至らなかった。オーデコロンとオー・ド・トワレの違いがわからない。なにか違いあるの? というレベル。きっとこれから先も、決して自分とは交わらぬものだと思ってたんだ。
いままではね。
それが変わったきっかけは、密かに気になっているあの人が香水をつける瞬間を見たから。それ以降、ちょっと興味が湧いた。
断じて、同じ奴をつけたいわけじゃない。だってさ、いままでなんの香水も纏ってない奴が、いきなり自分と同じ香りを纏ってたらさすがに引かない? 引かれたくないぞ、私。
「レモンの香りとかねえの?」
「ポッカレモンつければ」
「即レス冷たっ」
……なんで着いてきたんだろう、このふたり。全然興味なさそうなのに。
「ちょっとはあるよ。奥が深そうだし」
「どうせ匂うんだったらイイ奴でキメたいよな。こっちも気分上がるし」
「それでレモンなの?」
「あるだろ、柑橘系の香りとかって」
「せめてシトラスって言って??」
好きな人に釣られて興味を持ち始めた私より、よっぽど彼らのほうが真摯に香水と向き合おうとしてる気がする。
私のツッコミに「それか」とうなずいた弟は、某レコード大賞を取ったあの曲を鼻歌で歌いながら香水瓶を物色し始めた。そういえば、「香水」どころか「シトラス」もあったね……。
「めずらしいね、これ」
「へぇ〜。リップバームかと思った」
後輩がいち早く見つけたのは、香水は香水でも練り香水というものだった。
説明書きを見ると、液体のそれよりも花の香りのラインナップが充実しているみたい。そこまで強く香るわけでもなく、ふわっと鼻腔をくすぐるようなそんな優しい感じ。
後輩が手に取って私に見せてくれたのは金木犀の香りだった。絶対イイに決まっている。
「この花、ヨーロッパでは馴染みないんだよね」
「そうなの? 香水の原料になってるって聞いたけど」
「香水生み出しといて知らねえのかよ」
調べた話、我々が知る形の香水は16世紀頃に生まれたもので、原物ともいえる香料は古代エジプトの時代にもうとっくにあったという。そういえば、聖書にも「香油」が出てくるもんな。意外と人間との付き合いは長いんだね。
「金木犀は匂いに惹かれた人たちが植えていかないと増えないって聞いた」
「ヨーロッパにはまだこいつみたいに取り憑かれた奴がいねえってことか」
「別に取り憑かれてはないと思うけど」
弟が揶揄してるのは、この時期の私がしょっちゅう金木犀の香りのナンチャラを手に取るからだろう。だって、いい香りなんだもん。外へ出た時にこの香りがふわっと香ったらそれだけで笑顔になっちゃうよ、私。
「あ、そうか」
いままで疎遠というか、敬遠していた香水そのものも。まずはここからお付き合いを始めてもいいんじゃないだろうか。自分の好きな香りからのほうが、よっぽど距離が深まっていける気がするし。
後日、気になるあの人に「いい香りだね」って褒められて、心のなかで小躍りしたのはここだけの話。
(いつもの3人シリーズ)