/大好き
「えがおのじゅもんおしえてあげる!」
どこで覚えたのか、小さなあの子は得意げに言う。
「だいすき!っていうとね、おくちがニコッてなるの!」
可愛らしいほっぺたをキュッと持ち上げて笑う。
「あとね、だいすきっていわれるとうれしいでしょ?」
キラキラした瞳には、私が映っている。
ああ、愛おしくてたまらない。
「そうね、大好きよ」
私の言葉にこの子はまた幸せそうにきゃらきゃらと笑うのだ。
/叶わぬ夢
どれだけ努力したって、君には敵わない。
何を手に入れたって、私の心には適わない。
君の隣に立つ非望を、今日も夢に見る。
叶わぬ夢だというならば、いっそこのまま覚めぬ眠りに就いてしまいたいと、愚かにも願ってしまうのだ。
/花の香りと共に
まだ雪も散らつく冬の日、いつもの通り道に沈丁花の甘く芳醇な香りがあった。
ふと周りを見渡せば、近くの桜の木にはいくつもの可愛らしい蕾が開花を今かと待ち侘びている。
ああ、春はもうすぐここまで来ている。
/心のざわめき
風は感じないのに、ざわざわと葉が揺れている。
空は灰色の雲に覆われて、今にも泣き出しそうだ。
行かなきゃ、と思うのに。足は鉛のように重く、呼吸は浅くなっていくばかりだった。
私は通話の切れた携帯電話を握りしめて、その場で蹲ることしかできなかった。
/君を探して
成人してからしばらく。一年に一度、友人からポストカードが届くようになった。映っているのは大抵、日本の有名な観光地だ。
まるで君に「会いに来て」と言われてるようで、元来出不精な僕だったが、カードが届くと君を追うように旅に出た。
写真と同じ景色を見て、君と思い出を共有している気になって、これじゃあストーカーみたいだと自嘲することもあった。
どれだけ旅を続けても、君に会うことはない。
なぜならカードに消印は無いのだから。
写真が海外の風景を映すようになったら、いい加減勇気を出して君に会いに行こう。