「プレゼントっていいよね」
演奏者くんの話はいつもいつも突拍子もない。さっきまで演奏してくれた曲について話してくれてたというのに、なんだ急に。
「…………どういうこと」
「誰かが自分のこと考えて選んでくれたという事実がいい」
「………………欲しいってこと?」
「くれるなら」
いつも一呼吸だけ間を開けるのに急に即答してきた。なんなんだ、本当に。
「……でも、なんもないよ」
「どういうことだい?」
「あんまりユートピアには物ないから、プレゼントって言えるもの、用意できないかも」
「…………ああ、その話か」
ボクはわりと真剣にそのことを出したというのに、他愛もない話のように扱われると少しだけムッとする。
「形のないものが欲しい。……どっちかっていうと」
「形のないもの……?」
形がないものというと、思い出とか経験とかってことなのか…………?
「……形あるものだとさ、いつか壊れたり無くなったり、そこまでいかなくても劣化する。きみから貰ったものが色褪せるのは嫌だから」
「…………分かった。すぐには思いつかないかもだけど、きっと渡すよ、プレゼント」
「楽しみに待ってる」
彼はそう言って笑った。あんまり彼が見せることがない無邪気な笑顔だった。
(権力者が下の方だとバレたあと)
ある日突然、鉄格子の四角い明るい単色の何かができた。
偉い人たちができた原因知ってるかと、報告書提出ついでに尋ねようとしたら、全く分からず調査中だからと、そもそも会えなかった。
これだけの大きさが自然発生するわけもなく、ついでにボクの管轄にあるせいで原因が一人に絞れてしまった。
溜息をつきながら犯人を探せば、できた何かの上に座っていた。
「…………演奏者くん」
「やぁ、権力者」
いつもの調子で彼はそう応じた。
「登っておいでよ」
「…………なんでこんなの作ったの」
「登ってきたら教えてあげるよ」
頑なに言ってくる。ひとつため息をついて、正方形のとこに足をかけながら、一段ずつ登ってどうにか彼の方まで行く。下を見ると格子状なせいで下が見えて、少しだけ怖気付いてしまうけど、どうにか平静を装って彼の隣に座った。
「……来たよ」
「きみが『ジャングルジム』知らないかと思って」
「………………それだけ?」
「あとは……高いとこからユートピアを見渡したかったのもある。やっぱり端までは見えないけど」
「…………ボクの管轄くらいなら見渡せるよ」
「……なんで、僕が犯人だと分かったんだい?」
「………………他の人の管轄の住人は別の管轄の場所までいけないの」
偉い人はどういう根拠か分からないけれど、自然発生を軸に調査してるらしい。…………こんなものが自然発生なんてするわけもないのに。
「……きみのこと、もう少し知りたいよ」
「………………ボクは君の方が気になるけどね」
寂しそうに言った彼に、若干冷たく返すと彼は笑った。
そういえば、ユートピアに来る人間は全員現実世界で適合できない、上手く生きられないと感じて『死んでしまいたい』なんて思った時にこの世界に来るんだったな、と思い出した。
目の前が真っ暗だった。何も見えず、ついでに何も聞こえない。
たまに起きる現象…………とはいえ、ユートピアに来てからなったのはこれでまだ二回目だった。
完治したわけではないけれど、ほぼ無くなったとしかいえなかったところから、急に症状が起こるとやっぱりパニックになるわけで。
目が覚めたのだから家にいるのは明確で、だから動かずにその場にいればいいというのに、どうしてか手探りで外に出て歩いてしまった。
おかげで今、どこにいるか全く分からない。
視覚、聴覚以外の感覚があるから、今へたりこんでしまっていることは分かる。このままじゃ、危ないかもしれないな、なんて本能が告げた時、声が聞こえた。
「…………者? …………力者?」
演奏者くんの声のような気がして、頑張って目を開けば、急激に明るい光が目に飛び込んでくる。
「……大丈夫かい!?」
慌てたような大きい声が耳に届く。恐る恐る彼の顔を見れば心配そうな顔を浮かべていた。
「……大丈夫、たまにある」
「たまにあるから大丈夫なわけないだろう」
怒ったような声だったけれど、心配してくれていたことが痛いほど分かって、申し訳ないと同時に少し嬉しかった。
「大事にしたいんだ、きみのこと」
彼はボクに対して真っ直ぐな瞳でそう言った。
「…………は?」
「そのまんまの意味だよ」
訳が分からなかった。いつものことながら突拍子すぎる言葉と行動。それが伝わっているかのように、当たり前に話してくる。
「……わかんないよ」
「………………未来の話だよ」
「……何が」
付き合っているのに、いや付き合ったからこそ、伝わらないことが増えてしまった。きっと、ボクと彼の恋愛観が違うんだろう。
「…………きみは、何歳なんだい?」
「……え」
急になんなんだ。
「…………十……八とかじゃない?」
日付とか数えられてないから分からないけど、成長した感じも歳とった感じもないから、きっとずっと十八だろう。
当たり前に言ったボクに対して、彼は酷く驚いたようだった。
「…………十八……」
彼はゴクリとこちらまで聞こえるような音で唾を飲んでから言った。
「……大事に、するから」
結局意味を教えてはくれないらしい。
ユートピアには時間も日付も何も無い。
けれど、存在はしているんだ、きっと。ただボクらが認識できてないだけで。
だって、花の種を植えて水をあげれば成長する。成長には時間が必要だからきっとこの世界には時間が流れているんだ。
ボクも演奏者くんも多分死ぬことはないけれど、時間という概念はある。それは、いつかこの世界が変わってしまうかもしれないそういう危険性を持っている。
認識できないからないわけじゃない、なんてのは生きていた時に宇宙人だとか異世界だとか神様だとかそういうものの類いの話の時に決まって出てきた。居ない証明も居る証明もできない。そういう話だ。
でも、この世界に時間があるという証明はできてしまう。
「嫌だな」
口から言葉が漏れる。
演奏者くんみたいに誰かが来ることが嫌なわけじゃない。演奏者くんとボク以上に仲良くなられたらまぁそれはそれで嫌だけど。でもそうじゃない。
いつか演奏者くんがどこかに居なくなってしまうのが嫌なんだ。
時間が無ければ、止まっていれば変わらぬ日常を過ごすだろう。ボクらが毎日やることを変えても、もし演奏者くんが居なくなってしまおうとしても次目が覚めた時にはこの世界に同じように居るだけなんだ。
それが良かった。そっちの方が良かった。
「時間なんて、止まっちゃえ」
全く神様も何も信じてないけれど、ボクは祈るようにそう呟いた。