海を知らぬ少女の前に
麦藁帽のわれは両手を広げていたり
寺山修司
海をみたことがない少女の前で、
その広さを伝えようと麦藁帽子をかぶった私は、
両手をいっぱいにひろげているという意味。
でも、私は、それだけじゃないと思う。
彼は彼女の道を通せんぼしているように感じた。
外の世界に行きたい少女。
行ってほしくない少年。
そんな切なさを感じた。
小説
野良猫のように僕の跡をついてくる彼女は、満面の笑みでスキップ気味に歩く。真っ白な半袖のワンピースに大きな麦わら帽子。
ひまわり畑を抜けた先に、空のように真っ青な海が見えた。思わず、足が止まった。彼女も僕の背中を前にして、立ち止まる。キラキラと太陽の光を反射させた海。蝉の鳴き声がうるさいくらいに聞こえたが、今はその音さえ、聞き惚れてしまいそうだ。
「わぁー!すっごい。あれが海なんだ」
幸子(さちこ)が僕の横に並び、遠いようで近いような水平線の彼方へと続く海をぎらぎらとした目で見つめていた。
「幸子は実際に見るのは初めてだもんね」
「あ、でも去年のけんちゃんがくれた誕生日プレゼントといい勝負かも」
「えぇ……」
「ふふふ。何十個もバケツに海水入れて、病室に入ってきたときはびっくりしたよ笑」
「あの後、看護師さんにこっぴどく怒られたっけ」
「『幸子!これが海だよ!来年は本物の海を見に行こう!!』って言われて涙どころか笑いが止まらなかったもんwww」
楽しそうに話す彼女が、とても愛おしく感じ過ぎて言葉が出てこなかった。
「最高の誕生日プレゼントをありがとう。けんちゃん」
僕は少し、照れくさくて頭をかいた。彼女のせいでもっと暑くなってしまった。
そして、「ねぇ、もっと近くまで行こ!」と彼女が走り出す。
「……………けん、ちゃん?」
僕は何をしている…?どうして目の前には海じゃなくて幸子がいるんだ?僕はどうして両手を広げてるんだ?僕は一体……。
「どうしたの?」
無意識、だと思う。幸子が走り出す前に僕はとっさに、両手をめいいっぱい広げ彼女の道を通せん坊した。なんで、こんなことをしているはわならない。ただ、ただ…。彼女が、幸子がいなくなってしまいそうな気がして。なんだか、遠くへ行ってしまいそうで。怖くて、怖くてどうしたらいいかわからなかったんだ。
「海、やっぱり行くのやめない?」
両手を広げたまま、恐る恐る彼女に伝えると、予想通りの反応で「どうして?やだよ。ここまで来たのに」と不満げだった。
「ほら、まだ退院して間もないだろ?ちょっと心配になったっていうか……」
「心配性だなぁー」
クスッと笑って彼女は僕の顔を覗き込む。
「そう…だよね。ごめん。変なこと言って」
「ねぇ、けんちゃん。行かせて?私、一度でいいから海を見に行きたいの。お願い」
そんな彼女の願いを奪う権利なんて僕には…ない。両手をゆっくりと下げる。1人、海へ歩く彼女の姿を僕は見ていることしかできなかった。止める勇気がなかった。なんでだろう、おかしいな。汗じゃない。汗なんかよりもっとあついものが溢れ出てきた。これは、涙だ。
この後、彼女は海を泳いではしゃぎまくった。
夕方、彼女は海を見ながら僕の腕の中で____
原作でもモデルとされた少女は病弱だったそうです。作者は、病室に海水を入れたバケツを大量に運んだのは本当にあったことです。
“上手くいかなくたっていい”
今はそう思ってても、きっと未来は違う。
最初から決まってた。
結果なんて、とっくに決まっていた。
でも、何故か楽しくて、無駄な努力をした。
そして、コンサート本番。
二人の同級生が泣いた。
ソロでミスをした子と部長が。
私は、泣いちゃいけないと思った。
ミスをした子は泣いて当然。
でも、私はそれほど失敗はしてなくて、
もちろん心残りはたくさんあるけど
泣くほどではなかった。
でも、どうしてだろう。涙が出そうだ。
だって、終わったんだ。
何ヶ月もかけてきた
この瞬間のためにやった曲が
終わっちゃったんだ。
そう、思うと悲しくて悔しくて、
なにより、寂しくて涙が出てくる。
でも、泣くのはやめた。
寂しくてしょうがない。
だけど、やめた。
最後、泣いたっていう思い出にはしたくないもの。
____鐘の音
キンコンカンコン
コツコツコツ
キンコンカンコン
ザワザワザワ
先生が来る足音。
席に戻っていく生徒たちのざわつき。
やっと、大嫌いな休み時間が終わった。
キンコンカンコン
カタカタカタ
キンコンカンコン
ザワザワザワ
ペンや教科書をかたす音。
一気に話し始める生徒たち。
やっと、大嫌いな授業が終わった。