お題『帽子かぶって』
私は魔法使いの一族の生まれなんだけど、世間が思い浮かべる魔法使いのステレオタイプみたいな帽子があんまり好きじゃなかった。
だって、とんがってて服と合わせにくいし、ハロウィンじゃない時に被ったら『いつも仮装してるの?』と友達にからかわれてしまうのが予想できるからだ。
けれど、ある誕生日の日にお父さんから帽子をもらって、その時は『いらない』と泣いて困らせたっけ。普段から被らなくても怒られないからそのまま何年も放置していた。
だけど、成人した今、この帽子がどんなものか知る。
今や魔法使いは希少価値があるとされ、賞金稼ぎみたいな人がこぞって私たちのような魔法使いを攫って売り飛ばすという話をさんざん聞くからだ。
ついに親友が攫われた話を聞いた時、私はその帽子を被った。実は私の家の周辺を賞金稼ぎが嗅ぎ回っている最中のことだ。お母さんと私はすみのほうで震えていた。
奴らが思い切り音を立てて私の家に入ってきた。そのタイミングで私はお母さんの手を引いて逃げた。
走って遠くまで行って、だが、盗賊どもは私たちを追っては来なかった。
私はさんざん嫌がった帽子をとる。この帽子は私と周囲にいる人間の姿を見えなくする効果があるものだった。
お母さんは人間で、人と魔法使いの混血の私は実は魔法が使えない。だからお父さんは、私たちを守るためにこの帽子をくれたのだと。
今、その父は数年前、賞金稼ぎに殺されてもういない。
私はお母さんと抱き合いながら無事を確かめあった。
お題『小さな勇気』
クラスメイトに話しかけたくてたまらない人がいる。
彼女はたぶん、私と同じものが好きみたいだから。彼女のリュックに推しがデフォルメされたアクリルキーホルダーがぶら下げられているのを見た時から気になって仕方がない。
でも、私と彼女とは所属するグループがちがう。私がいるところはアニメは見るけれど、ただ『見る』だけでグッズを集めたり、二次創作を見たりなんてしない。
私はグッズを集めることも二次創作も見るのだが、誰にも内緒にしている。
だけど、やっぱり気になって仕方がない。
私はある時一人になったタイミングで、クラスメイトに話しかけた。
「もしかして、●●好きなの?」
その瞬間、彼女は目を見開いたかと思うと、にこっと笑って恥ずかしそうにこく、と頷いた。
「えーっ、マジで私も!」
思わずクラスメイトの手を両手で握ってしまう。距離を詰めすぎただろうか。
だけど、クラスメイトも
「■■さんが好きとは思わなかった……」
と言いながら、その後は推しについて語り合った。実際こんなに好きなことについて語り合える相手なんていなかったし、すごく楽しかった。
やっぱり勇気は振り絞ってみるもんだなと思った。
お題『わぁ!』
目の前にとつぜん飛び出してくるだけでもびっくりしたのに、でかい声をあげたものだからなおさら腰を抜かすじゃないか。
思わず尻もちをつく僕にクラスメイトが
「わりぃわりぃ、そんなにびっくりすると思わなかったんだ」
といいながら手を差し伸べてくれた。
彼は僕にとって遠い存在だ。見た目がかっこよくて、そこそこ背が高くて、いつもまわりに人がたくさんいて、一般的な陽キャに比べると発言に不快感がない。それどころか、面白いことを言って場の雰囲気を明るくする。
僕はそんな彼に憧れていた。だけど、近づくことは叶わない。僕はクラスの最下層にいて、一人で本を読んでるだけだから。皆、僕のことを空気みたいに扱っている。
それが急に来た春風みたいに彼はとつぜん僕の目の前に現れて、僕に話しかけて、僕に「自分の手を取るように」と言っている。
「わ、わぁ……」
僕はおそるおそる彼の大きな手に触れると、彼は白い歯を見せて僕を立ち上がらせてくれた。
「意外な顔が見れてよかった! とりあえず、一緒に学校行こ?」
まさかの誘いに僕は、しばらくフリーズする。だが、彼は僕の返事を待っている様子。
だから勢いよく、首がもげるんじゃないかってくらい頭を縦に振った。その瞬間、彼があっははとさわやかに笑う。
彼の隣を歩きながら、僕はかたいはずのアスファルトが今日はやけにふわふわしているように思えるほど夢のなかにいる錯覚を覚えた。
お題『終わらない物語』
私がなんとなく物を書いてる身として長く手を出せないでいることがある。それは、『連載』だ。
一度、「連載します」と宣言してしまえば責任が生じてしまう。評価が気になって続きが書けなくなってしまったり、単純に自分が書いている作品に飽きたりして途中でやめたりすると、「エタる作家」というレッテルを貼られるような気がしてしまう。
それに連載というのは、ゴールを決めないと書けないし、そこに至るまでの途中のエピソードが膨大な数になると、「終わらない、まだ終わらないのか」と書いてる途中で気が遠くなりそうな気がしている。
だが、その一方で自分が必死こいて書いた長い話を読んでみたい気持ちもある。こんなことを書くとナルシストみたいだけど、私が「面白い」と思いながら書いた作品は何年経った後に読み返しても「面白い」と思えるだろうと思うから。それは物を書く人間であれば皆そうだろうと信じている節があるから言える。
でも、連載、やっぱりなかなか手を出すハードルが高いなぁ。
お題『やさしい嘘』
幼馴染の女の子の元気がここ最近ない。大切に飼っていた猫がある日突然、失踪したからだ。
「大丈夫、きっと帰ってくるよ」
と毎日のように励ました。
でも、本当は知ってる。
僕は見てしまったんだ。彼女のお兄さんが猫をつまみ出して、路地裏で暴力を振るっているところを。
さんざん痛ましい鳴き声を響かせたあと、だんだん静かになって、そのうちぐったりした猫をまたつまんで近くの川に投げ捨てているところを見てしまった。
だから、僕は絶対に彼女に言わない。
彼女の悲しみがすこしでもやわらぐまで、僕は何度でも嘘をつこう。