【⠀No.5 空模様 】
気分屋でコロコロ変わる空模様を俺は羨んでいる。
自由気ままで、好きな時に好きなように生きて
拒絶を知らないから。
人生で唯一好きになった女の子に告白して見事撃沈した俺。
確かあの後はしばらく、ご飯食べられなかったな。
まだ振られた余韻は抜け切っていなくて、
思い出す度にツンと鼻の奥が痛くなる。
傘もささずに空の涙に打たれている理由は
堪えきれず溢れた悲しみを、誤魔化すため。
ああどうか今だけは、その悲しい気持ちを空模様として
出してくれ。
俺の涙を誤魔化す為に。
【⠀No.4 鏡 】
私が幼少期に魅入ってしまった、短い黒髪のお姫様。
大好きで憧れだった彼女に少しでも近づきたくて、
長かった黒髪をバッサリ切り、赤いリボンを巻いて。
黄色と青のドレスを身に纏い、洗面所の鏡に問いかけた。
「鏡よ鏡、この世でいちばん美しいのはだあれ?」と。
中学生になってから伸ばし続けた黒髪をバッサリ切って
鏡の前にたった時、ふとそんなことを思い出した。
寝癖でぐちゃぐちゃな髪をヘアアイロンで内巻きに整えて、
髪の形にフィットするよう丸くした掌で毛先を触ると、
たまたま近くにあった赤いリボンを巻いてみて。
そして鏡に問いかけてみる。
「鏡よ鏡、この世でいちばん美しいのはだあれ?」
「それはこの家のお姫様である貴方です。」
突然後ろから顔を覗かせた童顔な王子様はそう言って、
真っ赤になった私の顔を鏡越しに見つめる。
「なら、起こしてよ。毒林檎を食べて眠りについたお姫様
である私を。」
もう1年経つのに口付けすらしてくれない王子様はきっと、
私が自分から毒林檎を食べて強引に迫っても抗えない。
私の言葉を聞き、彼はふわっと微笑む。
「分かりました、俺だけの綺麗で可愛くて我儘なお姫様。」
少し心臓が高鳴るのを感じながら、
私はゆっくりと視界を閉ざす。
唇に柔らかく温かい感触が伝わると、1年間抱いていた欲望の毒林檎みたいな気持ちが無に返り、触れる幸せが目覚めた。私だけの王子様の、甘い口付けで。
私は心の中で、鏡に問う。
「鏡よ鏡、この世でいちばん幸せなのはだあれ?」
それはきっと、優しい王子様に愛された、私なんだ。
【⠀No.3 いつまでも捨てられないもの 】
夢のために上京することを決めた田舎娘の私。
窓を開け放って故郷の風を思い切り吸い込むと、
たくさんの思い出がフラッシュバックする。
楽しい思い出、幸せをくれた故郷とも、もうすぐでお別れだと実感して、ちょっぴり寂しくなった。
ふと部屋の隅に目をやると、綺麗に片付いた棚の上に、
四つ葉のクローバー柄の栞があった。
クローバーの四つの葉それぞれに、無邪気で子供っぽい文字でメッセージが刻まれている。
転んで泣いてしまった私を泣き止ませてくれたこの魔法の栞を見て、その持ち主をまた思い出す。
「懐かしいな。」
こんな昔のこと、彼はきっと覚えてない。
小学生になった時に引っ越して連絡が取れなくなってからもずっと、私は忘れられないでいるのに。
「好きだよ。」
本人に届くはずのない想いを口にして、自分で恥ずかしくなって。彼との唯一の思い出であるこの栞を、素早いけど丁寧に、鞄の奥に直しこんだ。
彼に貰ったこの栞も、彼との出会いの地である故郷への愛も、彼自身への一方通行な愛も。
私がいつまでも捨てられないものなんだろうな。
【 No.2 誇らしさ 】
私は自分に誇りを持てない、弱い人間。
弱い人間は、強い人間に喰われて、どんどん呑み込まれ、結局嫌な思いをする。
でも弱い自分が悪いから、と、強い人間を責められない。
「弱いから自信ない?」
そう聞かれたことがあった。
私の答えはもちろん、一切の迷いのない「はい」だ。
「じゃあ、いいこと教えてあげる。弱い人間は強い人間に
喰われる辛さを知ってるから、優しくできるんだよ。」
そんな綺麗事が刺さるはずもなかった。
けど、彼はきっとそれを分かってた。
「覚えてるかな、あの時のこと。」
夕焼け色に染った空に、独り言葉を投げる。
あの綺麗事は刺さらなかったけど、こんな自分に声をかけて励まそうとしてくれた彼の優しさは、温かかった。
「……好きだな、そーいうとこが。」
優しく温かい貴方の事は誇らしく思ってるよ。
そんな彼に選んで貰えた今の自分のこともね。
【 No.1 夜の海 】
暑苦しい祭りから抜けだして、海辺に出た。
なんか駆け落ちみたいでテンション上がるね、
なんて言ってはにかむ君。
柔らかく、儚く、少し乱暴すると消えてしまいそうで、
怖くて。自分でも驚くほど優しく、頬に手を添える。
長い髪が潮風になびいて美しい。
潮の匂いと共に鼻をかすめる香水の匂いに満たされて
思わず緩む顔を、君はクスリと笑って好きだと言った。
その行動全てにまた惹かれ、愛おしくみえる。
「俺さ、今日を記念日にしたいんだ。」
俺たちが出会った特別な日だから。
「俺と結婚して下さい。」
「喜んで。」
少し頬を赤らめて、一筋の涙を頬に伝わせた君は
嬉しそうに笑って目を閉じた。
俺は彼女に軽く啄むようなキスをした。
夜空に咲いた華やかな光の花が、俺たちの影を真っ暗な夜の海に映した。
どんなに静かな夜の海であっても、君と一緒なら特等席。
肩を寄せ合い見上げた空を、俺達は一生忘れないだろう。