KAORU

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11/6/2024, 10:57:30 AM

 柔らかい雨が、空から降ってくる。
 きつねのよめいりだあ。
 さすがは、しずくちゃん、雨、外さないなぁ。
 窓の外を見ながら、深雪はくすっと笑ってしまう。
「みーゆき、何見てんの」
 後ろから声をかけられた。振り向くと、重い前髪にメガネ、そばかすがボーイッシュな魅力を醸している晴子がやってくる。
 今日はベストに蝶ネクタイ、裾広なパンタロンといったよそ行きのおしゃれ。
「ほら、お天気なのに雨降ってきたの。これって、きつねのよめいりっていうんでしよう?」
「お、よく知ってるな、深雪」
 えらいえらいと頭を掻いぐる。
 に、してもと苦い顔になって、
「さすがは雫だな。こんな日でもきっちり降らせるとはね」
「晴れ女の晴子ちゃんが来てるのにね」
「ばーか、あたしが来てるからこれぐらいの雨で済んでるんだよ。来てなきゃ土砂降りだ」
 断言する。深雪はへえええと感心した様子。
「さあ、そろそろ行こう。深雪、今日大役あるんだろ」
「うん、もードッキドキだよ! 晴ちゃん、深雪おかしくない? 髪、きれい?」
「大丈夫! 美容室でセットしてもらったんだろ? お姫様みたいにかわいいよ」
「えへへー」
 手放しで褒められて深雪は喜ぶ。
 しずくちゃんのお友達だっていう晴ちゃんをしようかいされてから、仲良くしてるけど。今日はほんとに心強い。
 深雪は晴子に言った。
「じゃあ、行ってくる。見ててね、ちゃんとおつとめ、するからね」
「おー、行っといで。席から見てるよん」
 ひらひらと晴ちゃんは手を振って、式場へ向かった。
 ようし!
 深雪は花嫁さんのヒカエシツに向かう。そこには真っ白なウエディングドレスを身に付けたしずくちゃんが待っているんだ。
 うちのパパと、並んでバージンロードっていう赤いじゆうたんを敷いたところを一緒に歩いていく。そうして結婚式が始まるんだって。
 深雪は二人のあいだで手をつないで一緒に歩くの。パパとしずくちゃんのたっての希望でね。
 ドキドキするなぁ。たくさんのお客さんで、式場ザワザワしてる。
「しずくちゃーん、そろそろ行くよ?」
 ヒカエシツのドアを開けると、そこにそれはそれはきれいな花嫁さんがいた。
「深雪ちゃん」
 夢みたいに美しいしずくちゃんは、にっこりと笑った。
「時間ね。パパは?」
「もうドアの前で準備してる。めちゃくちゃ緊張してるよ」
「私もドキドキして心臓が破けそう」
「大丈夫、深雪がついてるよ」
「ありがとう」
 美しい笑顔を見せるしずくちゃんーー今日、深雪のママになる人に、あのね、と深雪はヒソヒソ話を教えてあげた。
 しずくちゃんはアメフラシでいつも大雨を降らせるけど、今日は特にパパが大雨だよ。男なのに、おじさんなのにきっと大泣きしちゃうよ嬉しくて。
 そう言って深雪は、花嫁さんの手をきゅっと握った。

#通り雨 完
「柔らかな雨」

 ご愛読ありがとうございました。

11/5/2024, 10:36:02 AM

 名前を、一条 光といいます。
 嘘みたいだけど、本名です。混沌としたこの世の中の、一筋の光みたいな存在になりなさいという願いを込めて親が名付けました。生まれて初めての、贈り物がこの名前です。

 ……え。完璧名前負けしてる? そんな名前持ってて、少年院とか送り込まれてんじゃねえよ? ですよねー
 俺も実際名前負けってか、真逆じゃん!て思ってましたー ああもう、ギャグなんすよ。掴みは必ず俺、自分の名前の由来から入るんです。外さないんですよ、真逆じゃん!て、外野ツッコミ入れてくれるんで!

 名前負けしてる選手権全国大会とか、ないっすかねー。俺、絶対入賞する自信あるんだけどなあ。

 ところで監督官殿は、なんて名前なんすか?

#一筋の光

11/4/2024, 10:11:55 AM

 1回目なら、笑って済まされる。雨女って、ほんとなんだね、と。
 2回目から、不審がられるというか、怪訝そうに言われる。「また雨だね、それも大雨。ほんと、君と出かけるとなると、雨にたたられるなあ」と。
 3回目になると、うんざりされる。「ねえ、もしかして雨女の末裔ってホントの話?」と。
 その顔を見ると、雨女じゃなく、アメフラシですと訂正する気にもならない。
 4回目は、経験したことがない。相手の反応が怖くて、もう出かける約束さえできない。

 晴ちゃんは言う、「雨が降らないと農家の人だって困るし、ダムに水だって溜まらない。大事なことなんだよ」と慰めてくれるけど。
 私は、好きな人には出かける時におひさまの光を浴びられない人生を歩ませちゃダメなんだと思っていた。
 好きな人だからこそ。
 

 晴ちゃんに呼び出された柴田さんは、居酒屋ではっきりと言ってくれた。
「雨女だかアメフラシだか知らないけれど、水無月がいると俺も深雪も笑顔になるんだよ。それは、外の天気に左右されないんだ。一緒にいると楽しいし、落ち着く。俺は確かに一度結婚に失敗しているけど、半端な気持ちで水無月と付き合っているわけではないということだけは言っておきたい。水無月にもそれは知っておいてほしい」
「……」
 晴ちゃんはそれ以上何も言わなかった。出された料理を3人で黙々と食べた。
 帰り際に、晴ちゃんは柴田さんに言った。
「……どーしてもさ、雫とお子さんと出かける時、晴れてなきゃ困るって時があったら、あたしを呼んでくれ。遠足とかさ。あたしが出張れば、少なくとも雨にはさせないからさ。晴れ女の名に懸けて、それだけは約束してやるよ」
「晴ちゃん……」
「中年男が、雨に濡れても哀愁を誘うだけだしな」
 私はそれが、親友が柴田さんを認めてくれた何よりの「しるし」だということが分かった。ぶっきらぼうだけど、素っ気ない物言いばかりだけど、心根の優しい友達の気持ちが痛いくらい伝わった。
 じいんと私の目頭が熱くなった。
「ありがとう」
 にっこりと人のいい笑顔を見せる柴田さんが、なんとも頼もしく見えた。

#哀愁を誘う
「通り雨8」

11/3/2024, 10:05:49 AM

 鏡の中の自分に尋ねる。
 柴田さんは、どう思っているだろう。今夜このお店に連れてきたことを。
 晴ちゃんと引き合わせたことを。
 晴ちゃんの問いかけに、どう答えるだろう。
 私は鏡に映る自分に言い聞かせる。
 柴田さんがどんな答えをだしても、きっと私はーー


「率直にお聞きします。柴田さんは、どういう気持ちで雫と付き合ってるんですか」
 大日向さんは、重めの前髪の向こうから俺を見つめた。じっと。
 何も見逃さない、聞き逃さないという意志を持って。
「……どういう?とは、」
 ストレートに訊かれて俺は逆に落ち着いてきた。腹の探り合いは苦手だ。飯の味も分からなくなるし。
 親友に会ってほしいと水無月に言われ、この店まで出張った。引き合わされた大日向晴子さんは、およそ晴れ女とは似つかわしくない風貌をしていた。
 じっとりと視線を据えて、大日向さんは言う。
「好きか、ただの遊びか、それともバツイチ男の気まぐれかってこと」
「選択肢、少なくないですか」
 つい笑ってしまう。
「……っていうと?」
「【結婚を前提にしたお付き合い】って線は」
 一番、今の気持ちに近いものを口にする。でも、反応は悪かった。
 大日向さんは、グラスの水に口を付けた。
「あたし、何度も見てるんだ。あの子が男に振られるの。雫はあのとおり可愛いから結構もてるんだ。でも、いざ付き合うって段になると、雨女が祟る訳。デートの約束するたびに、天気、荒れるわけよ。一回ならまだいいよ。でも毎回、毎回そうだとさ、相手も嫌気差すんだろうね。結局やっぱり無理だわって話になって、おしまい。その繰り返し」
 ごくッと一口呷る。
 俺は黙った。
「そのうち雫も憶病になっちゃってさ。お付き合いからは遠ざかってて。ーーでも、しばらく会ってないうちに、なんだか柴田さんの話ばかりするの。上司の柴田さんがね、柴田さんとねって。こないだは娘さんとも出かけたっていうじゃない。大雨なのに。ーー柴田さん、あなたにとっては気軽に誘ったデートかもしんないけど、雫にとっては一大決心だったの。男の人と出かけては、雨で、振られてきたんだもの。怖かったはず。なのに、出かけていったって聞いて、あたし。雫がいま気持ちを寄せている人がどんななのか、ちゃんと見てやんなきゃって思ったの」
「……親友なんだね」
 俺の口から出たのはそんな言葉だった。
 あ?と大日向さんが目を上げる。
「水無月のこと、ホント心配してる。ともだち、なんだなあって」
「何、クサいこと」
「そうですよ」
 お手洗いに立って中座していた水無月が、戻ってきていた。大日向さんの背後に。
 それはそれは優しい顔をしてこう言った。
「私のたった一人の親友なんです。ハルちゃんは」

#鏡の中の自分
「通り雨7」

11/2/2024, 11:32:35 AM

 眠りにつく前に、あなたのことを頭に思い浮かべる。
 元気でいますか、今日いっぱい笑いましたか。
 今いるところのお天気は、晴れていますか?

 あなたを思うだけで、幸せ。
 おやすみなさい 良い夢を。

 ーー推しのいる幸せ

 もう以前の暮らしには戻れない。戻りたくない。



#眠りにつく前に

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