絆
絆で結ばれている、
の絆ってどこにあるんだろう?
糸みたいに見て触ることもできないのに
なんで結ばれてるなんて言うのかしら。
若者の青臭い表現が痛々しくて目に触る。
「私たち絆で結ばれてるよね!」
ううん、そんなこと言わないで。
「違うよ。私たちを結んでいるのは、」
もっと大きな愛と義務でしょ
たったひとつの希望
お兄ちゃん。
今までありがとう。
お兄ちゃんが作ってくれるごはん大好きだった。
いつも重い荷物持ってくれてありがとう。
私がお兄ちゃんのプリン食べても
笑って許してくれたりしたね。
自転車の練習も付き添ってくれて、
かけ算言えるようになるまで一緒に覚えてくれて、
小学生の間は一緒に登校してくれて。
ママいっぱい泣いてたよ。
お兄ちゃんが生きたいように生きろって
なんで言えなかったんだろうって
子供みたいに泣いてた。
パパは何にも言わないけど、
背中で泣いてた。
私もなんでいっぱいありがとうって
言わなかったのかなとか、
お兄ちゃんが勉強してる間
何も言ってあげられなかったのかなって、
今更しょうがないこといっぱい言って
人生で一番泣いた。
私、医学部目指さなくて良いことになったよ。
お兄ちゃんも、
私が「料理の道に進ませてあげなよ」って言ってたら
もっと早く楽になれたかも知れなかったのにね。
私は自分を守ってお兄ちゃんを見殺しにした。
お兄ちゃんどれだけ苦しかったんだろうって
ずっとずっと考えて、
でもわかったのは、私には理解できないくらい
辛かったんだなってことだけだった。
中学受験の時からずっと。
なのにお兄ちゃんいつも笑ってさ、
無理ばっかりしてさ、
私のこと殴ってでも生きてほしかった。
私のこと殺してでも生きててほしかったよ。
12年間、お兄ちゃんの妹でいられて良かった。
この先もずっと兄妹が良かった。
いつかまたアイス一緒に食べれるよね。
かけっこもできるよね。
お兄ちゃんは私の、
たったひとつの希望でした。
さようなら。
さようならお兄ちゃん。
いっぱいありがとう。
こんな妹でごめんなさい。
天国では料理をたくさん振る舞って、
色んな人を幸せにして、
私なんかすぐ忘れてください。
名前も今すぐ忘れて、
早く生まれ変わって、
もっと良い妹がいる家に生まれて、
料理人になってね。
さようなら。
死ぬほど愛している、という表現は適切だろうか。
もちろんあなたに死ねと言われれば潔く飛び降りるし、殺してもらえるなら心からの喜びと共に殺されに行くけれど、
死ぬほど、死ぬほど?
私はこの愛でじぶんを殺せるほど、
愛を感じているのだろうか?
みんな、愛する人に、ではなくて、
愛という感情そのものに死ねるのだろうか。
愛そのものに対して、陶酔できるほど美しい感情だという認識は持っていない。
死ぬ、という直接的な表現が腑に落ちないのかもしれない。だったら、こんなのはどうだろう。
眠れないほど愛してる。
朝も昼も夜も関係ない。
眠る時間すら惜しい。
ずっとずっと考えていたくて、心のどこかに置いておかないと不安で、
夢でも会えるか、あなたの夢に女の子が出てきていないか心配で眠れない。
次いつあなたに会えるのか
考えるだけで辛くて、
でも考えるのはやめたくないから
眠れないのだ。
眠れないほど愛してる。
私はあなたを、あなたは私を。
「ね、パパ」
もちろんこれも全部
私の大きくて美しい嘘を切り取った
ほんの一部だけれど。
彼が突然、全部やめにしよう、なんて言った。
しんとした空気の中、彼に視線が集まる。
「ここまで頑張ってきたけど、
もう無理だろ。
俺だけじゃない。
最近誰も身が入ってないんだよ」
場が凍てついていくのが、誰の目から見ても分かるようだった。誰にとっても図星だったのだろう、
中央の彼と、ひとりも目を合わせなかった。
西村くんの葬儀の日、1番泣いてたのはアオだった。
「西村に主演、やらせようと思ってんだ。
新人発表会。」
そうはつらつとした笑顔で言っていた彼の言葉は、
こんな結果になるはずじゃなかった。
「俺が殺した」
何度も何度も髪をむしっては苦しむ様子を、彼は私以外の誰にも見せなかった。部員にはいつも明るく淡々と接していた。でも私の家では散々だった。死のうとする彼を止めるのに私も必死だった。
この発言は、アオが死ぬほど考えた結果だって、私がいちばんわかっている。
アオがいちばん、終わらせたくないはずなのだ。それなのに今、彼は自分の口から自分の言葉で、
全てにピリオドを打とうとしている。
だから私は言えなかった、
終わらせないで、なんて。