数百年前から、オルカ国は2つの勢力に別れていた。
1つは第1王子――ルキウスを主力とする、国外へ力を広げようとする外交派。もう1つは宰相――エドワードを主力とする、国内整備に力を入れようとする内政派。どちらも互いに譲ろうとはせず、長い間対立を続けていた。
そんな中、現国王が急死した。
次期国王すらも決まっていないなかでの王の死は、当たり前のように国内を混乱に落とし込んだ。
国内の混乱だけならばまだ良かった。
「ルキウス様っ! たった今、アルタとの国境にて襲撃に合ったとの連絡が……!!」
それは以前から敵対関係にあったアルタ国との開戦を意味していた。アルタ国はオルカ国内の動揺に便乗したのだ。
「そうか、ならば――」
「ルキウス様。お待ちください」
ギィという扉の音と訪れた人物が、ルキウスの言葉を遮った。
「……なんだ、エドワード」
明らかな敵意を含んだ視線に、エドワードは怖気付く気配を見せない。
「早々に戦争へと向かうのは殿下の短所でございます。アルタは軍事力があるとはいえ、小国。資源はじき尽きます。無闇に攻めるのは如何なものかと」
エドワードの言い様に、ルキウスは視線の温度を下げる。
「小国とはいえども、アルタは先ほど貴殿が言った通り世界でも有数の軍事力を誇る国だぞ。国土が広く、資源があるだけしか脳のない我が国とは違うのだ」
「ですから、その資源を上手く活用すれば良いだけの話です。アルタにとって、我々は良き交易相手。良い条件を出せば、戦争をせずとも解決するはずです」
「アルタの連中は交易で物を得るよりも、土地ごと奪ってしまった方が手っ取り早いと考えるような連中だぞ。そんな奴らに何を言おうと無駄であろう」
言い合いに火を付けて、2人の話は熱を増す。
家来達は国の最高権力達にそう易易と声をかけることもできず、じっと口論の行く末を見守ることしか出来ない。
――ギィ……。
再び執務室の扉が空いた。
なかに入ってきたのは12歳ほどの少女だった。
「オリヴィア?!」
とつぜんの妹――第二王女――の訪問に、ルキウスは目を丸くする。
オリヴィアは、庭園から摘んできたと思われる花を手に、執務室を大股で横切る。
「お兄さま、エド、いったい何を喧嘩しているの! あなた達はこの国をお父さまから任されたのでしょう? 国外も国内も、どっちも大切なのだから、いちいち言い争ったって答えが出てくるわけがないでしょう?!」
オリヴィアの言葉にルキウスとエドワードはぱちくりと瞬きをした。そして、お互いの顔を見て、もう一度ぱちくりと瞬きをする。
「ほら、ぼーっとしてないで、そんな暇があるならお互いに納得する答えを見つけていただいても!?」
唇を尖らせる第二王女の姿に、ルキウスとエドワードの肩から力が抜ける。
「そうだな、オリヴィアの言う通りだ」
「この国を守りたいという心は、お互い同じなようですしね」
しっかりと目を合わせる2人の権力者に、家来達はほっと一息をついた。
No.2【手を取り合って】
俺はクラスメイトの深瀬琉生が、この世で1番大嫌いだ。
理由は単純。深瀬は何もかもが俺と正反対で、意見が一致しない度にあっちが突っかかってくるから。
今まで何度衝突を繰り返したか分からない。ある時はテストの点数で賭けをして自分が負けた悔しさに。またある時はクラスみんなで遊ぶ時の場所決めに。しょーもない喧嘩を繰り返しては、クラスのやつらに「琉生と勇またやってるよ」というような目で見られていた。
喧嘩といっても殴り合ったことは1度もない。理由が理由なだけ、殴り合う必要はないし、人を傷つけるなんて度胸もお互い持っていなかった。
ただお互いに「ちょうどいい」距離を保ちながら、「ちょうどいい」具合に学校生活を送っていた。
「なぁ、三島。俺、告白失敗した」
そんな言葉を深瀬から聞いたとき、俺はどきりとした。
深瀬がクラスメイトの相澤咲希を好きなことは、ずっと前から知っていた。
深瀬は柄にもなく俺に恋愛相談をしてきて、人に散々話を聞かせた挙げ句、結局は自己解決して戻っていく。そんなことを3ヶ月前から続け、今日とうとう告白したらしい。
「何がだめだったんだろう……」
珍しく弱音を吐く深瀬。涙目になって、それを隠すように机に突っ伏している。
「別にお前がだめな訳じゃないと思うけど。ただ合わなかっただけなんだろ、色々と」
俺がそう言うと、深瀬はばっと顔を上げて俺を睨みつける。
「合わなかったってなんだよ。お前、けっこう応援してくれたじゃんか。なのに、なんでそんなあっさりしてんだよ」
がたりと音を立てて椅子から立ち上がり、深瀬は俺の制服の襟元を掴んだ。身長の低い深瀬に引き寄せられて、俺は前につんのめる。
「お前、やっぱ俺のこと見下してるよな。今もざまーみろとか思ってんだろ」
吠えるように言う深瀬の手を、俺はやんわりと包みこんだ。
「……当たり前だろ」
「――っ!」
予想した通りの言葉を返しただけだが、深瀬はショックを受けたように息を呑む。
「人にいちいち突っかかってくるわ、恋愛相談とか言っておいて1人で突っ走って失敗するわ……。俺はそーゆーお前が大嫌いだからな」
絶句。そうゆう表現がピッタリだと思った。
「お前の話聞いてるときも、適当に相槌打って、早く終わればいいと思ってたよ」
眉を八の字にして、唇をわなわなと震わせて、深瀬は俺の襟を掴んでいた手を静かに下ろした。
「な、なんで……。だってそんな素振り、全然……」
おろおろと後ずさる深瀬を追い込むように、俺は1歩を踏み出す。
今にも溢れてしまいそうな涙を見て、俺は心の底から何かが満たされていく感覚がした。
優越感というものだろうか。どくどくと自分の心臓を満たしていくぞわりとしたものが、どうしようもなく気持ち良い。
俺はふと思い至る。もっと、もっとこの感情を味わうには、どうすればいいのか。
「なぁ三島、なんか言ったら――」
深瀬の唇は柔らかかった。ふにゃりとした感触が俺の唇を通して伝わってくる。
「なっ、何して……」
口を抑えた深瀬が俺を押す。耳も頬も、夕日で照らされたように赤く染まっている。
「俺にしとけばいいんだ」
「は?」
「お前が俺以外のやつのこと考えてたり、俺以外のやつに振り回されるなんて反吐が出る。俺はクラスメイトとしてのお前が大嫌いだ。深瀬琉生は俺のものだ」
俺が常日頃から感じていた違和感。なんでこんなにも深瀬琉生という男が憎いのか――それは、深瀬琉生が俺のものではないからだった。
深瀬は俺のことだけ考えていればいい。他に深瀬を振り回すものなんて必要ないのだ。
先程感じた優越感は「深瀬が俺のことを考えて、泣きたくなるほど頭が混乱している」ということに対するものなのかと、俺は改めて気づいた。
「深瀬の方こそどうなんだ。俺が嫌いか?」
深瀬の目を真っ直ぐと見つめる。視線がそらされ、深瀬の首は横に振られる。小さく、控えめなその動作に、俺の心臓は再びぞくりと震えた。
「三島のことは別に、嫌いじゃない……」
呟くような、自分に言い聞かせるような、そんな声だった。
俺はふっと頬を緩めた。深瀬が可愛い。どうしようもなく愛おしく思える。
もっと俺で満たしたい。深瀬が俺以外のことを考える余裕を無くしてやりたい。
止めどない欲求が、次々と己の奥底から湧いて出るのに、自分でも驚いた。
これが恋愛感情なのかは分からない。
重すぎる愛が、1周回って劣等感にすらなっているのかもしれない。
けれども、分かることが1つある。
俺はこの深くドロドロとした沼から抜け出せそうにないことだ。
No.1【優越感・劣等感】