あんなにおしゃれだったひと
今はお仕着せの寝衣を着せられて
美味しいものが好きだったひと
今はチューブから栄養を流し込まれて
静かにベッドに横たわっている
毎回たった10分間の再会は
ほとんどが一方通行の話で終わる
それでもほんの少し口元が綻ぶから
私のことはわかっているのでしょう
長年の経験や知識はすでに削ぎ落とされて
じきに私のことも忘れてしまう
もうすぐ遠くへ行ってしまうひと
(やるせない気持ち)
あの夏の日、私はとても傷ついて家を飛び出した。
どこへ行けばいいかもわからなくて、ふと海を見に行こうと思いつき、西に向かう電車に乗った。
2時間ほどかけてたどり着いた白い砂浜は幸せそうな家族連れで溢れていた。
明るい日差し、輝く海、爽やかな空気。
そんな中ひとり歩く私は孤独だった。
なぜ私を傷つけるの?
こんなに大切に思っているのに。
こんなにつらいと思い知らせたい。
私がいないことで困らせたい。
でも帰る場所は家しかない。
ここに居場所はない。
夕方まで歩き回り、私はまた電車に乗って家に向かった。
あたりが暗くなった頃、ドアを開けると叱られた少年のようなあの人がいた。
結局私は許してしまうんだ。
傷口が疼くのに気づかないふりをして。
今でも、砂浜の光景を見ると心の奥がチクリと痛む。
きっとおばあさんになるまで、癒えることはないでしょう。
あなたはそれを忘れているだろうけれど。
(海へ)
頭のてっぺんから足の先まで
ぐるりんと服を脱ぐように
からだをひっくり返して
悪いところを全部洗い流して
またぐるりんと元に戻る
ワタシは元のワタシかな?
(裏返し)
できるなら
卵を産んであげたかった
ホワホワと温めたかった
(鳥のように)
「さよなら」は最終兵器
あまりにもダメージが大きいから
「またね」「ほなね」「バイバイ」などの軽い言葉でやんわり周りを取り囲み
気づかないふりをする
そっと遠ざかる
覚えていて欲しかったのは昔
今はもう忘れて
(さよならを言う前に)