脳裏
脳裏という言葉は脳裏に焼き付いている、くらいでしか聞いたことも使ったこともない。私にだって脳裏に焼き付いていることはいくつかあるけどどれも別に大したことはない気がする。言うほどのことでもないっていうか。私の中で脳裏に焼き付いていることはどれも良い思い出とは言い難く、どちらかと言うとあんまり思い出したくないようなことばかりな気がする。でもだからと言って不幸な人生なのか、と聞かれると別にそういうわけでもない。やっぱりいいことより嫌なことのほうが記憶に残りやすいのかな。これからは悪い意味で脳裏に焼き付くようなことがありませんように。
意味がないこと
意味がないことってあるのかな。例えばゲームが嫌いな人からしたらゲームなんか何の意味もないわって思う。でも好きな人からしたら意味しかないしなにが意味ないの?ってなると思う。
私にとって意味ないことは言いたいのに言えなくてうじうじしたり我慢したりすることかしたいけど勇気が出なくてしないでいる、そんなこととかそんなことしてる時間かな。
平均年齢が砂時計で表されてどんどん減っていくアプリを入れていたことがある。それをみたとき、あー、人生ってあと何日と何時間しかないんだって、短く感じた。結局見るのが怖くなってそのアプリも消してしまったけれど。あの砂時計を見ると意味ないことしてたり意味ない時間過ごしてたりしてる場合じゃないなって、思わされた。
あなたとわたし
わたしは私だけどあなたって誰のことだろう。今の私だったら彼氏って答えるけど。数年前の私なら間違いなく元彼の名前を言うし、それより前の私なら推してた有名人の名前をあげるだろう。
どうか、私にとっての"あなた"がこれからかわりませんように。
柔らかい雨
普段自転車に乗ってるときに雨が降ってくると鬱陶しくてイライラしちゃって土砂降りのときはなんでこんな中自転車漕いでるんだろうって思って涙も土砂降りにしながら漕ぐときが時々ある。
そんな私でも柔らかい雨は感じることがある。基本的には会いたい人に会いに行くときの雨。雨降ってるのに自転車漕いだり原付跨ったりしてまで会いに行ってる自分に酔ってるだけかもしれない。まあびしょ濡れになってまでも会いたいから雨なんて気にならない、柔らかい雨。
でも今までの人生で1番柔らかかった雨は元彼と最後に会った日の雨。電車に揺られながら今日で終わりにするんだって心に決めて会いに行ったあの日。帰りの駅から自転車で帰っているとき本当に今日で終わりでよかったのか、不安で仕方なくて涙が止まらなかった。そのとき降り始めた雨はまるで私を包み込んでくれているかのように感じた。
そういえばその元彼の前の元彼と故意的ではないが最後に会った日も土砂降りだった。今の彼氏と復縁する前最後に会ったときも雨の中会いに行った。
そう考えると雨の中好きな人に会いに行くのは危険なのかもしれない。
晴れの日も雨の日もだいすきな人と一緒にいられますように
一筋の光
このアプリ、スマホ変えてから開いたら新しいアカウントになっちゃってて必死に引き継いだ。
私は依存体質だから常に何かに依存してる。でもやっぱりものよりひとのほうが依存しやすくて。今の彼氏にずーっと依存してる。だからどんなときでも私にとっての光はその人で。別れるまで遊ばへんって親友に言われたくせに別にいーもんってよくないくせに思い込んで付き合ってる。親友と彼氏なんてどっちも大事に決まってるやん。どっちも取れないしどっちも捨てられないよ。でもやっぱり彼氏が一筋の光になってしまってるから。光に向かって進むしかないよねーって。明日も彼氏に会えるんだー、