『通り雨』
突然、雨がざっと降ってきた。周囲は霧に覆われた。水の中にいるようだ。呼吸が苦しい。
ふと、思い出した。私は海底に住む貝だったのだ。
では、なぜ人間として、ここにいるのだ。
貝だった私は、海底で硬い殻で身を守って、ぬくぬく暮らしていた。
ある日、魚に殻ごとバリバリと食べられた。
怖かった…。思い出したくない。トラウマです。
その後、私の意識は私を食べた魚に宿ったので、その魚として生きていた。
そしたら、またしても、恐ろしい事が…。
鮫に食べられたのだ。その後も私の意識は鮫に宿って、鮫として生きていた。
私の意識は鮫と同化していて、自分の事を鮫だと思っていた。貝だった事は、忘れていた。
鮫だから食物連鎖の頂点で、食べられなくてすむ。
そしたら、鮫を食べた人間がいた。
貝だった私が、こうして人間になる体験が出来るなんて。
食べられた動物、植物の意識は食べた者に宿り、食物連鎖の頂点にある人間へと登って行く。
他者の役にたつという善行を積んで、私達の魂は進化出来る。食べられるのも、功徳だ。
あらゆる生物の魂が合わさって私になっている。
たいして我の無さそうな下等生物から始まって、輪廻転生の螺旋階段を登っていく。あっ、雨止んだ。
そういう訳なので、よく分からない物は食べちゃダメです。
~秋🍁~
『~私は真っ赤な林檎です~
可愛い真っ赤な林檎です~~』
林檎畑を歩いていると、かすかな歌声が聞こえた。
見上げると林檎があった。
『どうしたの、元気が無いの?』
林檎に問われた気がした。
秋は何となく、もの悲しいの。秋だからかな。
『春はどうなの?』
春は元気かな。
『木々は冬に蓄えた力で、春に一斉にに芽吹く。
そのエネルギーが放出されて人間にあたるんだよ。
桜なんて、いきなり花を大量に咲かせる』
そうとうな力が必要そうだね。春だね。
『私達は秋に、甘くて美味しい大きな実を沢山つけるの』
人間が自分達の都合で品種改良したから、
余計大変なのかな。
『うん、でも、その為のエネルギーを人間から吸い取るから、大丈夫だよ。
美味しい林檎あげるよ。食べれば元気出るよ。
人間が喜んでくれるなら、それでいいよ。
~真っ赤な可愛い林檎です~』
私はここ数年、心身共に疲れているので、
こういう秋の木は、あんまり好きじゃないです。
﴾ 窓から見える景色 ﴿
部屋の模様替えをしていたら、箪笥の裏から手鏡が出てきた。数年前、失くした奴だ。こんな所にあったのか。
その手鏡にうつる私は比較的、綺麗に見えた。
何で鏡によって見える顔がこんなに違うんだろう。
私は写真うつりも悪いから、写真からは逃げるようにしている。
他の鏡にうつる私の顔もまちまちで、どれが本物の私の顔なのか分からない。
この鏡だけを信じる。
他の鏡や写真は呪われている。そうよね?
『そうだよ』
鏡の中の私もそう言ってる。ほらね、間違いない。
『鏡を覗くとき、鏡の向こうの者もあなたを覗いているのだ』
?
『鏡は窓。無数にあるパラレルワールドのうち、近い所のがうつると、わずかしか違わない奴なんだよ。同時に同じ事するし、背景もほとんど同じだよ。だから別世界だと気づかないよ』
??
『私は、隣のパラレルワールドの私ちゃんだよ。
違いは、あなたよりちょっと綺麗なだけ』
だったら、他の鏡や写真で悪くうつっている私よりは、私は綺麗なのかも。うん、それなら良かった。
『形の無いもの』
まれに、日の沈む頃、世界がオレンジ色に包まれる事があります。
単なる夕焼けじゃなくて、この世の終わりみたいに見える時があります。
空はたまに、不自然に見える。色もそうですけど、存在自体が偽物っぽく見えるときがあるんです。
何処からか切って貼りつけたような。
そんな時、私はふと、目に見える物が全て嘘なのではないのか、という気持ちになるんです。
❲ 声が聞こえる ❳
~寂しいので一人二役で会話していた秋の夜のことでした。
私ちゃん、今日はどんな日だったの?
『通販で買った電子レンジが届いたから設置したのが今日一番の山場。知ってるだろ。』
知ってるよね。自分の事だしね。
設置は簡単だけど場所を作るのが大変だったね。
『家が狭いから物が置けないよ。使わない物は捨てよう』
まずは何から捨てるの?
『お前だー!』
それもそうだな!って何でやねん。私捨ててどないすねん…
駄目だ、つまらない。さすが私の分身。
『隣の部屋が事故物件で、もう何年も人住んでないし、これからも住まないよ。壁に穴を開けて繋げて家を広げよう。壁の穴には本棚でも置いとけばバレないよ』
バレるよ!どうした?勢いがあるな。私はちょっと面白いと思うぞ?たとえ全人類がつまらないと言っても、私はちょっと面白いと思う!
私はもう自己否定する癖を止めるの。自分を一番に愛していつでも味方になってあげるの。今まで全否定しててごめんね。これからは幸せになろうね。
『えっ?なにそれ。何かに目覚めたの?
別にいいけど。じゃ、壁に穴開けていい?』
うん、開けよう! 自由への扉を!
~という訳で壁に穴開けたんです。そしたら、別の世界に繋がってたんです。本当です。信じて下さい。ここから出して下さい。