もしもまた、君に会うことができるのならば。季節限定のドリンクを片手に他愛の無い話に花を咲かせながら、「これ美味しいね、また来年も飲もう」なんて、ささやかな約束を取り付けたりなんかしたいな、と思うんだ。
ううん、それもしたいけれど。本当は、きっと。ただ、もう一度会えるだけでもいいんだ。
君はとてもとても遠いところに行ってしまったから、多分、難しいのだろうけれど。それでもきっとまた出会えるはずと信じている。
百年先だって二百年先だって、此処だろうと虹の先だろうと、構わない。君との運命を信じているから。
テーマ「巡り会えたら」
わたしは無力な人間だ。いつだってそう。自分の力では何も成し遂げられない。偶然が偶然を呼んで、事がうまく運ぶこともあったけれど。努力で手に掴んだものは、なんにも無いのだ。
だから今日もうまくいきますように、と願っている。薄味の奇跡だ。わたしの奇跡には、何も価値がない。
今日もわたしは怠惰に、奇跡を願っている。
テーマ「奇跡をもう一度」
夕暮れ時。空と地がオレンジに染まって、地平線が曖昧になってゆく様をぼんやりと眺める。昼でも夜でもない、刹那の時間。儚くも美しいこの光景を見るのが、私は好きだった。
黄昏、あるいは、逢魔が時。どちらもあまり良い意味で使われる言葉ではないけれど。太古から人々はこの時間に何某かの意味を見出したかったらしい。
そうしてたそがれていると、ぼやけた地平線からポツリと人影がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。明らかにそれは、私を目的とした足運びで。けれど白金とオレンジの逆光に包まれて影は黒に染まり、容姿の判別がつかない。形からして、多分、男。……彼は誰だろう? なんだか少し怖くなって身構えていると、影は口を開いたらしい。何をそんなに怖い顔をしているんだ、と馴染みのある声が耳に届く。
「……お兄ちゃん?」
「他に誰が……ああ、西日で見えなかったのか」
距離が近付いて、顔も判別する。間違いなく兄で、強張った肩から力が抜けるのを感じた。
「こんな人気のない場所でこんな時間に一人でいたら危ないだろ。人拐いにあっても知らないぞ」
呆れたような、けれど少し心配の色も含んだ兄の声。過保護だな、と今度はこちらが呆れた。
「心配しすぎだよ。まだ暗くないし。だいたい、私を拐う人なんかいないって」
「バカ。さっきオレの顔も見えてなかったくせに。オレが不審者だったらどうするんだ。……『誰そ彼』って言うしな。危ない時間帯なんだ。用心しろ。ああちなみに、誰そ彼って言うのは――」
突然始まる兄の講義に、笑ってしまった。兄妹二人、他愛の無い話をしながらゆったりと家へと足を進める。
彼は誰ぞ――魔が闊歩する、そんな時間。あまり良い意味ではないそれだけど。私にとっては、お節介お兄ちゃんが迎えに来てくれる、そんな時間。
テーマ「たそがれ」
日々、同じことの繰り返しだ。朝。起きる。顔を洗い、時間があれば朝食を摂る。そして、仕事へ。
何年繰り返しただろう。一年前と今と。何かが変わったのか、それとも変わらないのか、そんなことすら分かりもしない。
一日一日に意味を見出せなくなったのはいつからだろう。子どもの頃は、毎日が輝いていたのに。
疲れた体を引き摺って、コンビニに足を向ける。新発売のシールが貼られたスイーツを手に取り、会計を済ます。疲れた自分への、ちょっとしたご褒美。
日々、同じことの繰り返しだ。けれど。そんな日々のなかで、ささやかな贅沢を嬉しく感じるのも、まあ、ある種の幸福ではあるのだろう。
明日も変わり映えのしない一日がきっと待っている。何か良いことがありますように。そんなことを考えながら、瞼を下ろした。
テーマ「きっと明日も」
君と一緒に過ごした部屋。二人掛けのソファに、揃いで買った色違いのマグ。洗面台に行けば、二つ並んだ歯ブラシ。どこを見たって、君がいた証がそこらかしこに点在している。
こんなにも君の気配が色濃くあるのに。君の姿はどこにもない。君だけがいない。
今日も、この部屋で僕は一人。君のいない部屋で、煩い静寂に耳を塞ぎながら生きている。
テーマ「静寂に包まれた部屋」