自宅を出て徒歩5分。勤務先への道すがらに小さな公園がある。
ブランコ、タイヤ、ジャングルジム、動物を模したよくわからない乗り物。それと、小さめの砂場。こうして遊具を挙げてみると、小さいなりに意外とあるものだな、という感想が浮かんだ。
小学校に上がるか上がらないか、という年の頃は、ここでよく遊んでいた。記憶も朧気だけれども、それでもうっすらと覚えているものもある。たとえば、高い所が好きで、ジャングルジムのてっぺんに登って仁王立ちなんかしてみたりして、近くにいた大人たちをヤキモキさせたこととか。我ながらヤンチャだったと苦笑せざるを得ない。
ふと、仕事終わりに何となく気が向いて、コンビニでアイスを買ってから件の公園に足を向けた。アイスを口内で溶かしながら向いた先にはジャングルジム。そしてああそういえば、と思い出したのだ。あそこから眺める景色は、それはもう、煌めいていたものだ。
大人になった今、改めて見てみると、思ったよりも高さはない。己の身長より、僅かばかり高いかな、という程度。当たり前の話だ。あの時と今では、倍ほども違う背丈なのだから。
背丈が伸びて、見える世界が変わった。より多くのものが見えるようになった。そのはずだ。けれど、何故か。今見る世界のほうが狭苦しく感じてしまうのはどうしたことか。
このジャングルジムに登ってみれば、また世界の広さを感じることができるだろうか。食べ終わってしまったアイスの棒を意味もなく噛りながら、思考する。そしてすぐに考えることをやめた。常識に雁字搦めな、在り来りな大人になってしまった自分には実行できそうにない仮想だからだ。
出来もしないことを考えたって仕方ない。ゴミ箱にアイス棒を投げ入れて、帰路につく。
ジャングルジムには、もう登れない。
テーマ「ジャングルジム」
喜ぶ声。怒る声。哀しむ声。楽しそうに笑う声。
君の声が、頭の中にこびりついて消えない。人は最初に声から忘れてゆくというけれど。今でも、こんなに。こんなにも鮮明に思い出せるのだから。忘れさせてはくれないのだから。
きっと君という存在は永遠に僕の中に在るのだろう。
本当は知っている。君はもういない。僕の前に姿を現しはしないのに、声は今でも鮮やかなままで。実は傍にいるのかもだなんて、虚しい想いが僕の全身を震わすのだ。
いっそのこと、耳を切り落としてしまえたら。
莫迦なことを考えてみる。
無意味な思考だ。分かっている。たとえ聴力を失ったって。
この声だけは、忘れない。
今日も、君の声が聞こえる。
テーマ「声が聞こえる」
「君だけさ。信じてくれ」と嘯いて
頬に咲かせた立派な紅葉
「……って歌、どう?」
「秋の儚い感じが台無しだよ」
頬にそれはそれはお手本のような紅葉を咲かせた幼馴染が開口一番に告げたのがそれだ。軽薄な彼に相応しい様相に思わず溜め息が溢れてしまうのも仕方がない。
「ちぇー。ちゃんと季語も入れたんだけどなー」
「紅葉の綺麗で可愛い響きをここまで残念に表現できるその才能が羨ましいよ」
いじけた様子の彼が、その実さしていじけていないことも、付き合いの長い俺は知っている。長くても2ヶ月。恋人ができたって、軽薄な彼はすぐさま相手を怒らせてこのザマである。浮気をしている様子ではない。様子ではないが、あっちへこっちへフラフラとした気ままな彼は、どうにも長期の恋愛に向かないらしい。
秋の空は何とやらと言う。まあ確かに、秋の歌はこいつに相応しいのかもしれない。なんて思考が脳裏を過ぎったが。
無駄にポジティブな彼を喜ばせるのも癪なので、俺はそっと口を噤んだ。
テーマ「秋恋」
やりたいことは沢山あるけれど、それらの内、一体どれだけのことを成すことができただろう。いつだって僕は中途半端なままで。
己の小さな掌を眺める。この手は何を掴んできたのだろう。それとも、何も? 目の前のものですら、掴み続ける自信がない。
今日もきっと僕は何も成せない。あれをしたい、これをしたい、そんなふうに考えながら、今日も「したい」を募らせる。
君のことを。大事にしたいんだ。本当なんだ。……けれど、やっぱり僕は。
大事にするよの一言ですら、口に乗せる勇気を持てないのだ。
テーマ「大事にしたい」
幸せの絶頂のなかで死にたいと
願い夢見る少女の戯言
空想の世界でならば苦しみを
忘れられるとまなこを閉じるの
微笑みを浮かべる君を
大切に箱にしまって魔法をかけよう
テーマ「時間よ止まれ」