NoName

Open App
2/1/2024, 12:47:42 PM

「このまま、空まで飛んでしまえたら」
きぃこきぃことブランコを漕ぎながら、彼女が言った。僕には漕ぐ気力は無くて、ただ座って彼女を乗せた振り子を横目にしているだけだ。
彼女の力は馬鹿にならない。彼女の言う通りに、そのまま夜空の月まで飛んで行きそうな気配がした。
「危ないよ」
「危ないかぁ」
土煙と共に、隣の振り子は急停止する。
「帰ろうか。寒いし」
キンと冷えた空気は、黒いキャンバスに散りばめられた星を明瞭に見せている。だからこの寒さを嫌いになれない。
「帰ろう」
手を繋いで、星でもみながらね。

乗り主を失ったブランコは、またあの星空に近づける時を刻々と待っているようだった。

12/23/2023, 4:51:46 AM

浴槽に湯を張って入浴剤を入れるところに、今日はゆずを入れた。お隣さんがお裾分けしてくれたものだ。
そのまま剥いて食べてしまうのも上手い。が、肌が切れてしまうような寒い冬に、ゆず風呂というのはなんとも風流なものではないか。

あぁ、冷え切った体が芯から温まっていくこの感覚。時間が無くてシャワーだけで済ませている現代人は少しかわいそうに感じるぐらいだ!
さらに今日は、木漏れ日を集めたような色が浮かんでいる。ほのかに香る甘酸っぱい…しかしどこかほっとするような香りを滲ませて。
それだけで浴室は極楽へと変わる。
襲い来る睡魔に白旗を揚げ、甘い夢へと落ちていった。

11/19/2023, 2:00:00 PM

無意味にゆらめく炎を見ていたい夜がある。
そんな時は動画サイトで焚き火の映像を検索して、それをぼーっと眺めるのだ。そして、いつの間にか眠りにつく。
そうして朝起きた私の目の前。
わざとらしい焚き火の赤が、薄っぺらい結晶の中で揺らめいている。右上の10%の文字を見て、私はため息をついた。

ある日、買い物の途中。
セールのカゴの中に雑に押し込まれたキャンドルが目に入った。アロマでもない普通のキャンドル。なぜか私は、その白色が気に入ったようだ。

家に帰って夜。
キャンドルの下に皿を敷いて、ライターでてっぺんに火をつけた。ぽぅと明かりが灯る。それは確実に目の前の本物で、熱をもってゆらゆら揺れる。
ゆらゆら
ゆらゆら
不規則に、微かにゆらめく炎を、食べてしまいたいと思う。寒い冬も、これで乗り切れるだろうから。

朝起きる。
キャンドルがただの白い水たまりになっているのを見て、私はそれが死骸に見えた。

11/11/2023, 12:38:29 PM

ある日、空から少女が降ってきました。
白いワンピースをはためかせ、ズドーンと。
「いてて……」
「大丈夫ですか?」
痛そうに頭を抱えている少女に手を伸ばします。
「あ、ありがとう。でも大丈夫」
ひょいと体を起こして、ぐるぐると体を動かし始めました。時々ゴキゴキ音が鳴るのが不安です。
「ちょっと…落ちちゃってさー。
ぶつからなくてよかったよ、ほんとに」
ははは。
と人懐こそうに笑って、ふと上を見上げました。
「どうしました?」
「もっかい飛んでくる。
また…失敗しちゃったっぽいし」
「失敗?」
「うん。だって、落ちちゃったんだもん」
なるほど、じゃあこれは失敗なんでしょうね。
彼女にとっては。
「じゃあ、いってらっしゃい」
「いってきます!」
そう言って笑顔で駆け出します。

もうしばらく、自分が飛べる天使だと信じている、
地獄行きの哀れな少女をみていることにしましょう。

10/27/2023, 12:01:54 PM

「コーヒーは苦くて苦手」
多分私が昨日こう言ったから、
あなたは大好きなコーヒーを我慢して、慣れない紅茶を私と一緒にすすっている。
「別に私に合わせなくていいのに」
ぼそりと呟く。
「朝はお前と同じもの飲みたいからな。
それに、紅茶も美味くていいもんだ」
そう言って、あなたは笑う。
あなたは小さなティーカップを掴んで、一気に中身を飲み干すと、「ごちそうさま」と手を合わせた。
その豪快っぷりに私は笑いながら、
「紅茶は香りを楽しみながら、少しずつ飲むんだよ」
するとあなたは、
「そ、そうなのか。次からはそうしてみる」
なんて、慌ててかちゃかちゃとカップを台所に運んでいった。

明日は私の方が少し早起きして、あなたが大好きなブラックコーヒーを入れてあげよう。

Next