「このまま、空まで飛んでしまえたら」
きぃこきぃことブランコを漕ぎながら、彼女が言った。僕には漕ぐ気力は無くて、ただ座って彼女を乗せた振り子を横目にしているだけだ。
彼女の力は馬鹿にならない。彼女の言う通りに、そのまま夜空の月まで飛んで行きそうな気配がした。
「危ないよ」
「危ないかぁ」
土煙と共に、隣の振り子は急停止する。
「帰ろうか。寒いし」
キンと冷えた空気は、黒いキャンバスに散りばめられた星を明瞭に見せている。だからこの寒さを嫌いになれない。
「帰ろう」
手を繋いで、星でもみながらね。
乗り主を失ったブランコは、またあの星空に近づける時を刻々と待っているようだった。
浴槽に湯を張って入浴剤を入れるところに、今日はゆずを入れた。お隣さんがお裾分けしてくれたものだ。
そのまま剥いて食べてしまうのも上手い。が、肌が切れてしまうような寒い冬に、ゆず風呂というのはなんとも風流なものではないか。
あぁ、冷え切った体が芯から温まっていくこの感覚。時間が無くてシャワーだけで済ませている現代人は少しかわいそうに感じるぐらいだ!
さらに今日は、木漏れ日を集めたような色が浮かんでいる。ほのかに香る甘酸っぱい…しかしどこかほっとするような香りを滲ませて。
それだけで浴室は極楽へと変わる。
襲い来る睡魔に白旗を揚げ、甘い夢へと落ちていった。
無意味にゆらめく炎を見ていたい夜がある。
そんな時は動画サイトで焚き火の映像を検索して、それをぼーっと眺めるのだ。そして、いつの間にか眠りにつく。
そうして朝起きた私の目の前。
わざとらしい焚き火の赤が、薄っぺらい結晶の中で揺らめいている。右上の10%の文字を見て、私はため息をついた。
ある日、買い物の途中。
セールのカゴの中に雑に押し込まれたキャンドルが目に入った。アロマでもない普通のキャンドル。なぜか私は、その白色が気に入ったようだ。
家に帰って夜。
キャンドルの下に皿を敷いて、ライターでてっぺんに火をつけた。ぽぅと明かりが灯る。それは確実に目の前の本物で、熱をもってゆらゆら揺れる。
ゆらゆら
ゆらゆら
不規則に、微かにゆらめく炎を、食べてしまいたいと思う。寒い冬も、これで乗り切れるだろうから。
朝起きる。
キャンドルがただの白い水たまりになっているのを見て、私はそれが死骸に見えた。
ある日、空から少女が降ってきました。
白いワンピースをはためかせ、ズドーンと。
「いてて……」
「大丈夫ですか?」
痛そうに頭を抱えている少女に手を伸ばします。
「あ、ありがとう。でも大丈夫」
ひょいと体を起こして、ぐるぐると体を動かし始めました。時々ゴキゴキ音が鳴るのが不安です。
「ちょっと…落ちちゃってさー。
ぶつからなくてよかったよ、ほんとに」
ははは。
と人懐こそうに笑って、ふと上を見上げました。
「どうしました?」
「もっかい飛んでくる。
また…失敗しちゃったっぽいし」
「失敗?」
「うん。だって、落ちちゃったんだもん」
なるほど、じゃあこれは失敗なんでしょうね。
彼女にとっては。
「じゃあ、いってらっしゃい」
「いってきます!」
そう言って笑顔で駆け出します。
もうしばらく、自分が飛べる天使だと信じている、
地獄行きの哀れな少女をみていることにしましょう。
「コーヒーは苦くて苦手」
多分私が昨日こう言ったから、
あなたは大好きなコーヒーを我慢して、慣れない紅茶を私と一緒にすすっている。
「別に私に合わせなくていいのに」
ぼそりと呟く。
「朝はお前と同じもの飲みたいからな。
それに、紅茶も美味くていいもんだ」
そう言って、あなたは笑う。
あなたは小さなティーカップを掴んで、一気に中身を飲み干すと、「ごちそうさま」と手を合わせた。
その豪快っぷりに私は笑いながら、
「紅茶は香りを楽しみながら、少しずつ飲むんだよ」
するとあなたは、
「そ、そうなのか。次からはそうしてみる」
なんて、慌ててかちゃかちゃとカップを台所に運んでいった。
明日は私の方が少し早起きして、あなたが大好きなブラックコーヒーを入れてあげよう。