NoName

Open App
9/17/2023, 12:15:14 PM

1ヶ月に一回ほど見る夢。
真っ赤なお花が敷き詰められたお花畑に、誰かが立っている。向こうを見ていて顔は見えない。
私はいつも話しかけようとするけれど、その前に向こう側へ逃げてしまう。
毎回毎回、なんとか捕まえようとするのだけれど、やっと手首を掴んだ……というところで目が覚める。だから、一度も顔を見ることができてない。誰だか、ずっと分からないままだ。

また、この夢か。
でも今日は様子が変だ。空は今にも泣き出しそうだし、花はさざめいて、いつもの人はなぜだか、今回は逃げずに立っている。
だから、はじめてその人の顔を見ることができた。
「え」
思わず声が出た。
その人は、私と瓜二つだった。まるで双子か何かのような。
「ごめんなさい……」
さらに、その人は泣いていた。謝りながら、はらはらと涙を溢して。なんだか奇妙な気分だ。自分と同じ顔の人間が泣いているのを見るのは。
「まさか、こんなことになるなんて……」
こんなことってなんだ?
そう思ったけど声が出ない。
「そんなつもりじゃ無かったの。いけないことって分かってたのに……けど、どうしても、寂しくて……」
泣き声に嗚咽が混ざる。
「ごめんなさいっ、もう呼ばないから……連れて行こうとしないから……だから帰って、お姉ちゃん」
突然、あたりが真っ白になる。
はっと目を覚ました。
私の顔を覗き込むお母さんと目が合った。

どうやら私は急に倒れてしまったらしい。
意識と心臓の拍が不安定で、生死をさまよっていたそうだ。
私はお母さんに「私に双子がいなかったか」といった旨のことを尋ねた。
するとお母さんは驚いた顔で、
「なんで知っているの?
あなたには双子の妹がいたのよ。産まれた時に死んでしまったけれど」

……そうか。寂しかったんだな。
もっと遊びたかったんだろう。この世で、私と。
「どうして知っているか」というお母さんの問いには答えずに、私は目を閉じた。
『遊ぶだけなら、いつでも呼びなよ』
そうやって心の中で呟いて。

また、あの夢を見た。
真っ赤なお花が敷き詰められたお花畑で、妹が笑ってこちらに手を振っていた。

9/12/2023, 1:26:25 PM

私が好きな人は、女神像に恋をした。

夏の暑さから逃れるために入った教会の中にあった白い女神像。何気なく彼の目を見て、鳥肌が立った。見開いた目、釣り上がった口角。
これは…まずい。
私はすぐに彼を連れて、その教会を後にした。暑さとか気にしている場合では無かった。あのままもう少し長くあそこにいたら、もう彼が二度と戻って来てくれないような気がして。
彼はわけのわからないことをぶつぶつと呟いていた。私と別れる時も、その後も、ずっと。
「YHBH」
カタカタと笑っていた。

彼はその日からずっと教会に通っている。
回数はどんどん増えていって、私と会うことも少なくなっていく。
不安だ。
嫌な予感が胸の中で渦を巻く。
もう手遅れなのではないかと。
もう向こうの世界に行ってしまったのではないかと。

あの日から1ヶ月たったある日。
どうやら、彼が通っている教会が閉鎖するらしい。
資金不足だ…とウェブサイトには書いてある。
私はそれを見て安心してしまった。これで彼が教会に通うことはもうない、と。彼の女神像への愛を甘く見ていたのだ。

結論から言うと彼は死んだ。
死因は胸部からの出血による失血死。
場所は例の教会の、女神像の近く。
女神像を抱くようにして死んでいたらしい。
白い女神像は彼の血で真っ赤に濡れて…いや、正確には訳のわからない彼の血文字で埋め尽くされていた。
教会の関係者が言うことには、聖歌…だそうだ。

「この方はね…毎日この教会に来て、女神像に祈っていましたよ。ずっとブツブツと何かを唱えて…私には分からない言語でした。それはもう怖い様子で…
そして教会の閉鎖を聞いた時彼、狂ったように泣き喚いて。ちょっとした騒ぎになりました。取り押さえるのに数人必要で…そして今朝こんなことに…」
神父はため息をひとつついた後、呟いた。
「いつ何が、人を虜にするのか分かったものではありませんね」

9/10/2023, 11:20:20 AM

私の友達は、できない子だった。
何をするにも私を呼んで「ごめ〜ん」なんてふにゃけた声で事を押し付ける。やってあげると、うざったらしいほどの笑顔で「ありがとう!」と言う。
はじめは厄介極まりなかったが、今ではそれにちょっとした優越感を覚えていた。
私がいなきゃこの子、何にもできないんだもんな。
私がいなくなったらこの子、どうなるんだろうな。
私が断ったらこの子、どんな顔するかな。
あーあ…かわいそう。
本当に、なんて可哀想な子だろう。

「私、明日から学校来ないの」
突然だった。
彼女は家の都合で引っ越すことになったらしい。
「ごめんね。もう、一緒にいられないの」
ぼろぼろと大きな涙を流す彼女。
全然似合ってないなぁと思った。

あの子が引っ越してから、私はクラスに居場所が無かった。彼女がいない、酷く退屈な日々を過ごすこと2ヶ月。彼女から写真付きのメールが送られてきた。
『げんき?
私は楽しくやってるよ!
また遊ぼうね!』
その下に、向こうで作ったであろう友達と、満面の笑みを浮かべる彼女の写真。
はっと息が漏れる。
なんだそれ。
私じゃなくてもよかったんだ。
全身の力が抜けて、思わず机に突っ伏す。
本当に可哀想なのは私だったって事か。

その後、私はあの子からのメールを捨てた。
ひどい喪失感があった。

8/31/2023, 11:48:34 AM

『夏に死ぬ』

「夏が終わるね」
「……そうだね」
そう彼女に言われて初めて、今日が八月三十一日だということに気がついた。

こうやって太陽が出ていても、二週間前の肌が焼けるような暑さは無い。やかましい蝉はアスファルトの上に転がっている。ほんのりと爽やかな風が吹く。
「そうだね」
思わず同じ相槌が出る。
本当に、夏は終わってしまうようだった。
「嫌だなぁ」
彼女は空を仰ぐ。
「どうして?」
答えを待っているうちに、雲がゆっくりと太陽を覆う。あたりは少しだけ暗くなって、彼女はそれが悲しいのか顔を歪めた。
「私は、夏を越せないから」
夏を越す。
そんなの当たり前だと思った。
今日を超えて、明日を迎えたら九月一日だ。喚く蝉も、巨大な入道雲も、焦げたアスファルトも、風鈴も、蚊取り線香も、花火も。全てを淡い色の季節に閉じ込めて、僕たちは先へ行けるのだ、と。
彼女は残るつもりなのだろうか。そんな儚い思い出と一緒に、この季節に。
「死ぬの。この季節で」
まさか!と僕は彼女の顔を見る。
嘘をついているようには見えなかった。濁った空の色が、彼女の透明色の瞳を突き刺している。どこまでも真っ直ぐに。
「残らないんだよ。夏は」
彼女は空を見たまま呟く。
「喚く蝉は死ぬし、巨大な入道雲はバラバラになっていわし雲になるし、風鈴も、蚊取り線香も、花火も、青い袋に入れられて、もう私達の元には戻って来ないんだよ」
サンタクロースを信じ込んでいる子供に言い聞かせるように、でもそれにしては無感情な声で彼女は、
「そうやって、私も死ぬ」
こちらを見て笑った。
彼女の、あの真っ直ぐな瞳だけが全然笑っていない。ぬたりと生暖かい風が僕をなぜる。思わず腕をさする。鳥肌が立っていた。
「あなたも、死ぬ?」
彼女がこちらに手を差し伸べる。
僕はゆっくりと首を振った。
「そっか。残念」
雲が散り、再び太陽が顔を出す。
「行こう」
夏の太陽に照らされた彼女はあまりにも美しく、そして今にも消えてしまいそうな陽炎のように儚かった。

本当は彼女の手を取ろうと思った。
そのまま彼女と、夏に死にたいと思った。
けれど今ならはっきり『間違いだ』と言える。
彼女は、夏の記憶として死ぬのにあまりにも似つかわしく、それに対して僕は、こうして死ぬにはあまりにも不完全だった。

8/18/2023, 11:14:07 AM

私には双子の妹がいる。
私と瓜二つで、近所の人によく間違えられていた。

最近は時々しか私の前に顔を出すことがない。
それは家の中だったり、街の中だったり、一定の場所に現れる。
見かけても私の真似をして首を傾けるだけだ。
そういえば、声もしばらく聞いていない。
「話そうよ」
と話しかけても、うんとも言わない。
妹は私のことが嫌いになってしまったのだろうか。
さいごに聞いたのは、些細なことで喧嘩したあの夜の
「お姉ちゃんのおばか!!」
って、キンと高くてつよい声。
手は触れられるのに、どうにも冷たくて虚しくなった。

 
「ねぇ、なんであの人、
鏡に向かって話しかけてるの?」

Next