NoName

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8/17/2023, 10:49:03 AM

いつまでも捨てられないもの
…と言われると色々思い浮かぶ。
小さい頃買ってもらったクマの人形
初めての100点の答案
好きな人から貰ったペンダント
友達とお揃いで買った耳飾り
でもそれ自体は割とどうでもよくて、
その中にある、思い出を捨てられないでいるんだと思う。

8/15/2023, 11:10:49 AM

夜の海は嫌いだ。
昼間見せていたキラキラ輝く青や、夕日に照らされ凪いでいる赤は飲み込まれ、ただ不安だけを増幅させる黒がどこまでも広がっている。
「夜の海には近づくなよ」
父さんの言葉。
死神の声はきっと、夜の海がたてる波の音に似ている。一度でも海に足をつけたら、あっという間に死んでしまう。
そんな気がした。そんな気にさせた。

「危ないよ」
黒い海に向かって歩くIOに声をかける。
「知ってるよ」
IOは夜の海を、自分の死に場所にしようとしているのかもしれない。波の音が死神の誘いに聞こえているのかもしれない。直感だけど、そう思った。
死神の声が大きくなる。冥界に捧げられる生贄を喜んでるようだ。
「危ないって」
語気を強める。
彼女…IOは、今度は何も言わずに歩き続けた。
身体に当たる夜風が嫌に寒々しい。口に入って塩辛い。わけもなく涙が出た。堪らなくて目を瞑る。
「やめようよ」
「やめた」
死神に連れて行かれたはずのIOの声。思わず目を開ければ、すぐ側にいた。こちらを見上げている彼女は確かにIOだ。
「無理だった」
IOがへにゃりと笑う。
「怖かった」
そっか。
「僕も怖かったよ」
2人でひとしきり笑い合った。僕は半分泣いていて、IOは確かにそこにいた。
諦めたような海のさざなみを背に、僕たちは手を繋いで帰った。

8/6/2023, 5:18:55 AM

気だるい午後の授業中。生ぬるい教室の空気を、扇風機がぐるぐる掻き回す。そんな何気ない日の事。
突如、鐘の音が響いた。チャイムとは違う、まるで教会にある大きな鐘が鳴ったような音。
クラスはざわめき、何人かは辺りを見回す。
おかしい。まだ授業は途中な上、ここの近くには教会など、ましてや鐘を鳴らせるような施設は無い。

鐘の音は鳴り続けている。

誰かが悲鳴をあげた。
「空!!空が!!!」
その声に一同が窓を見る。
息を呑む声。
夏を象徴する空の青色はそこには無く、代わりに黄金色にまばゆく輝いた雲がどこまでも広がっていた。
聖書か何かでありそうな光景に、クラスメイトは呆然としている。

鐘の音は鳴り続けている。

「あ、あは、あははははは!!!」
突然、先生が笑い出す。
「終わりだ!!この世の終わりなんだぁあぁ!!」
あとはもう、理解できない事を叫びながら先生は教室の窓に手をかける。そうしてそのまま、その身体は重力に従って。
べちゃ
一連の出来事は、教室を混乱させるには十分すぎた。
阿鼻叫喚。
泣く者、怒る者、絶望する者、中には同じように発狂して飛び降りる者。

鐘の音は鳴り続けている。

そんな中、隣で少女がくつくつと笑っていた。
「世界の終わりみたいだね」
僕は思わず呟く。
すると少女はふと笑うのをやめ、
「終わるんだよ」
真面目な顔で僕を見つめた。
「いつか世界は終わる。それが今日だったってだけなのに、何をそんなに焦ってるんだろうね」
静かだ。この世界にはもう、僕らしか残っていないような、そんな気分になる。
「『天界の崩壊』
……起きちゃったんだから、しょうがないよね」
彼女はいつの間にか窓辺に移動していて、
「一緒に来る?」
そう言ってこちらに向かって手を伸ばす。

鐘の音は鳴り続けている。

僕は、彼女の手を取った。
「行こうか」
彼女の言葉を最後に、意識を失う。
目を閉じるその寸前、彼女の背中に白い羽根が見えた気がした。

8/4/2023, 11:49:34 AM

「東条さん、その作文に何時間かけるつもり?」
「む、むむ……逆になぜ君はそんなに早く書けるのだ」
苦々しく呟き、東条さんは机に突っ伏した。



僕の学校は夏休みでも教室が空けてある。
家で集中できない僕は、早朝から学校に来て、出されている大量の宿題と向き合っていた。
正直、僕以外だれもわざわざ学校には、ましてや図書館ではなく教室には来ないだろうと思っていたが……夏休み3日目にして、僕と同じように勉強する人が現れた。
東条 姫乃
それがその人の名前である。
独特な感性と発言で徐々にクラスのみんなから一歩距離を置かれている。…それを除けば普通なのだが。

「せっかく同じ教室なのだ。一緒に勉強しようじゃないか」
ある日、彼女はそう言って自ら机を寄せてきた。
僕に断る理由は無く、毎日こうやって向かい合って勉強している。



ここで冒頭に戻る。
宿題の一つに『夏休みの作文』というものがあり、夏休みに起こった出来事を五枚の原稿用紙に書いて提出しなければならないのだが。
「夏休みなんて勉強に勉強に勉強だ!
一体何を書けというのだ!」
……ということで、手詰まりを起こしているらしい。
先程から三時間が経とうとしてるのに、一向に作文が進んでいない。
「はぁ……君はなんて書いたんだ。何かアイデアがあるなら教えてくれ……」
「僕は『海に行った事』を書いたよ」
「海?」
「泳いだり、スイカ割りしたり、それと…」
「待て!いつ行ったのだ!?夏休みがはじまってからずっとここに来ているのではないのか!?」
「そう。つまり嘘だよ。嘘」
「嘘だって?」
目を丸くしている東条さんの前で指をちっちっと振り、笑ってみせる。
「それっぽい事をそれっぽく書けばいいんだ。誰にもバレやしない」
「そ、そうなのか……
うぅん……た、例えば他に何があるんだ?」
「そうだなぁ……」
ふと彼女のカバンが視界に入る。窓から差し込む太陽光で、イルカのストラップがキラキラ光っていた。
「水族館とかどう?」
「……水族館?」
「そうそう。イルカショー観ましたーとか」
「ペンギンの散歩を観ました……とか?」
「いいじゃん」
「クラゲとか……そうだ!クラゲに刺されたとかどうだろうか!」
「それはやりすぎ」
「はは!そうだな!」
こうして水族館の思い出議論が幕を上げた。
東条さんは思ったよりお茶目で、ちょいと常識が無かった。まさか水族館に行ったことがないほどの箱入り娘だったとは。

甲斐あって、東条さんの一枚目の原稿用紙はほぼ埋まった。
「じゃあ、そんな感じであとはやってくといいよ」
僕はそろそろ帰るから。と席を立とうとした瞬間、服をぐいと掴まれる。
「つまらないことでも、君がいるとまあまあ面白いんだ。もう少し付き合ってくれたまえ」
そう言ってにやりと笑う彼女を前に、僕は帰ることができなかった。

8/1/2023, 11:48:14 PM

毎日、僕が楽しみにしていることがある。
「おまたせ」
「待ってないよ」
それは、家の近くの公園にいる少女と話すことだ。
白いワンピースと麦わら帽子、そして晴れの日にしか現れないという特徴から、彼女は夏の申し子のように思えた。
彼女と話すささやかな時間は、友達のいない僕にとってちょっとした楽しみになっている。
「……私、秘密があるの」
暑さが厳しくなってきた夏のある日、彼女はミステリアスにそう笑った。
自分のことを決して話そうとしない彼女が珍しい。
「なに?」
「知りたい?」
僕はぶんぶんと頷く。
「今日はまだだめなの」
彼女は座っているベンチから立って、くるりとこちらを振り向いた。
「明日晴れたら、またここで」
そう笑う彼女の後ろには、そのまま彼女を飲み込んでしまいそうな入道雲が浮かんでた。

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